2009年11月3日火曜日

経営戦略の思考法

 会社の中期の経営戦略を考える中で、考慮すべき点等を整理したいと思い、最近出版された『経営戦略の思考法』(時間展開・相互作用・ダイナミクス)沼上幹著(日本経済新聞出版社)を読んだ。
自分の頭で考えることの重要性を再認識できた名著だった。コンサルタントが書いた経営戦略の関する書籍とは思考の深さが違う。
特に、第三部の「戦略思考の実践」は、日々の経営の中で実感する組織力学が的確に書かれており、大変参考になる。お勧め書籍



 まずは、この本の概要を整理すると以下のとおり。
 第一部で、Ansoffに代表される経営計画学派、Mintzbergに代表される創発戦略学派、Porterに代表されるポジショニング・ビュー学派、伊丹に代表されるリソ-ス・ベースド・ビュー、Nalebuffに代表されるゲーム論的アプローチを概説するとともに、それぞれの学派を

X軸:経営資源⇔環境の機会と脅威、

Y軸:事前の合理的計画(トップダウン)⇔事後の創発重視(ボトムアップ)

Z軸:時間展開・相互作用・ダイナミクス志向⇔安定構造志向

の空間に位置づけた上で、実際に経営戦略を策定するときどのように考えていくかをシミュレーションし、それぞれの学派の視点を複合的に活用して行っているかを述べている。特にゲーム論的視点を継承した時間展開・相互作用・ダイナミクス志向については、この本の後半に書かれている本論へのつなぎとなっている。

 第二部では、時間展開・相互作用・ダイナミクス志向を実践していくときの経営戦略の思考法としてメカニズム解明法について述べている。著者は思考法は以下の3つに分類している。

①カテゴリー適用法 (例:デバイズ事業は儲かるからデバイズ中心の会社
                にするというような思考法。)

②要因列挙法    (競合商品等と比較して「強み」・「弱み」の要因を列挙
              し、「弱み」を補強する等の戦略を考える思考法。)
                                                                    
③メカニズム解明法 (時間軸を考慮し、要因・結果を明らかにした上で、
              要因に対し施策を打っていく思考法。
              例:独自技術⇒ユニークな商品⇒顧客のブランド
              忠実度向上⇒・・・・・)

経営戦略書でも、①や②のみの分析で書かれているものがかなりある。著者は、この①、②を思考停止状態として限界を指摘し、時間軸・因果関係を明確化し、さらに因果関係間にプレイヤーの意図や行為、さらに関係するプレイヤーの反作用に関する読みを盛り込んだメカニズム解明法の必要性を説く。
 著者は、具体的には以下のステップで思考していくことを推奨している。

 ①ある時点、あるセグメントでのリアルな「こびと」(企業、個人等の
  プレイヤー)を思い浮かべる。

 ②「こびと」の相対的位置関係を明らかにして構造を描く。
  ①、②は、重要な要素やプレイヤーを空間的に配置するイメージ。

 ③時間展開時(ダイナミック)の「こびと」の変化をトレースする。
  つまり、これらの要素やプレイヤーが時間的に変化していく様を思い浮
  かべるイメージ。

 ④「こびと」たちからなるシステムの挙動を構想する=メカニズム解明
  これは時間的変化の中で多様な要素やプレイヤーたちが相互作用する
  プロセスを展開するイメージ。

 第三部では、第二部で説明した「メカニズム解明法」を活用して、経営戦略と組織の相互作用の事例を分析しています。具体的には、①顧客、②競争、③シナジー、④選択と集中、⑤組織暴走を取り上げている。それぞれのトッピクスの中で、私は以下の話を興味深く読んだ。

 ①「顧客」に関するトピクスでは、顧客は時間とともに変化していくので、
   現在の優良顧客の声のみを聞いていくことの危険性を、イノベーシ
   ョンのジレンマの例で説明している。

 ②「競争」に関するトピクスでは、チャレンジャーがリーダに「差別化」
   戦略で勝つためには、チャレンジャーの「差別化」ばかりで決まる
   のではなく、リーダの「同質化」の遅れも必要と説く。
   具体的事例としてはコクヨが既存チャネル資産を配慮したが故に
   アスクルに対し「同質化」が遅れまた対応も不十分あったことが示
   されている。
 さらに「競争」に関するトッピクスとして先手必勝の戦略についても分析
 を行い、
 「ネットワーク外部性の比重が大きな製品」については、以下の論理で
 先手必勝の可能性が高いことを述べている。

 多数の顧客⇒ネットワーク外部性⇒製品価値向上⇒デファクトスタンダード

それに対し、
 「ネットワーク外部性の比重が少ない製品」においては、一回だけ先手を打
 つのではなく、先手を打ち続けて、競合を受身に回らせ、徐々に追随タイム
 ラグを長くしてその累積によって競争優位を確立して行く「差別化の連鎖」
 が必要と述べている。

 ③「シナジー」に関するトピクスについては、セットメーカにおけるデバイス
   内製化が矛盾を来たす過程を説明し、最終的にデバイス部門が外販
   に乗り出し、シナジーの喪失、会社として整合性のないプロダクトポー
   トフォリオになっていく可能性を分析している。

 ④組織暴走に関するトピクスでは、後から振り返ったり、周囲で客観的に
   見ている人々からは「失敗」であると「分かって」いるプロジェクトに、
   組織として中止を決断できずに長期間にわたって経営資源が投入さ
   れ続ける組織の暴走についてその原因を分析している。
  ○組織的要因、○心理的要因、○競争企業間の相互作用、○英断と
   暴走の判別の難しさに分けて説明しているが、特に心理的要因
   について共感できるところがある。
 ◆人間は「ゲイン」で表現される問題では結果の確定した選択肢を選び、
   「ロス」で」「表現される問題ではリスクをとる傾向がある。
 ◆埋没費用を計算に入れてしまうので、失敗し続けているプロジェクトに
   かえって投資を増やしていく可能性すら存在する。
 ◆自分が行った投資意思決定を正当化するバイアスがかかるので、マイ
  ナスのフィードバック情報に対して、かえってコミットメントを高める傾向
  がある。
 ◆会社組織において、部下は、思考と行動が一貫しているリーダを尊敬
  する傾向があり、リーダの行動がそちらに傾く傾向がある。

 上記のような要因列挙法レベルで語られる「勝ちパターン」を、要因結果
 までブレイクダウンして分析し、要素間の時系列の相互作用を分析する
 ことにより、「なぜ」に答えてくれる。

この本に書かれている経営戦略思考法は、経営の現場で戦略を考えるために大変役立つものと思われるが、私自身経営現場では、以下のような簡便法を活用していく。

営業利益=売上(数量×単価)-直接原価-間接原価-販売費-管理費

売上(数量×単価)、直接原価、間接原価、販売費、(管理費)それぞれに
関連する要素、関連プレイヤを
外部の機会、外部の脅威、内部の強み、内部の弱みの観点より抽出し、
それぞれの要素の関連(自己強ループ、バランスループ)、相関係数を整理
しもっとも利益に影響する要因に対して対策のシミュレーション行っていく。

日本のあるグループの経営学者は、米国のビジネススクールの理論の受け
売りでなく、独自の理論や実証分析に基づいて、経営現場にいる人間の腹に
ストンと落ちるような研究をしているように感じる。
学生時代には、米国ビジネススクールの理論の方が論理的で、日本の経営
学者が書いた本は論理が明確でないように感じていたが、最近経験をつむ
ことにより、日本経営学のよさが少しわかるようになった気がする。

お勧め書籍

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