2012年2月12日日曜日

モバイルパワーの衝撃

IT業界にいると、スマートホン、タブレットが企業の情報シス
テムに今後大きな影響を与えることを肌で感じる。
固定利用でのクラウドは初期コストと運用コストしかメリットは
なかったが、モバイル端末での利用によってユビキタス性のメリット
が明確になる、利用者もサービスの利便性を享受できるようになった。
今後は、キャリアが、スマートホンやタブレットを提供していくこと
となり、通信サービスの提供だけでなく、ITサービスの提供者に
なっていく。
その状況をタイムリーに整理した以下の書籍が出版された。
『モバイルパワーの衝撃』(スマートフォン時代の事業モデル革命)

1.モバイルが持つ五つの特性
  ①本人性
  ②常時性
   常に保有していること。
  ③位置の特定性
  ④ネットワーク性
  ⑤リアルへの拡張性
   リアルへの拡張性は、携帯電話を通じてインターネットの世界
   とリアルの世界がつながることを言っており、電子マネーや電子
   クーポン、乗車券への活用のことを言っている。

2.モバイルパワー
  モバイルが持つ上記の五つの特性の特性により、ビジネスに以下
  のパワーが発揮出るという。
  ①個客の見える化
   携帯電話の本人性、常磁性、位置の特定性により、商品・サービ
   スの消費者は誰なのかを把握するコストが飛躍的に低下し、個を
   特定した新しい事業モデルが可能となった。
   (例)マクドナルドの携帯電話で受け取るクーポンサービス。
    日本マクドナルドの原田社長によると、携帯電話のクーポンに
    より、リアルタイム・ビジネストラッキイング/ナビゲーション
    が可能になったとのこと。紙のクーポンに比べ、対象顧客の明
    確化、タイムリーな割引対象商品の決定、デリバリスピードの
    向上、印刷コストの削減が可能となった。
    さらに、接客のスピードアップは、売上貢献が大きい。
  ②個客ニーズの顕在化
   携帯電話の本人性、常時性、ネットワーク性を利用することに
   よって、顧客が何を欲しがっているかを把握するコストが飛躍的
   に低下した。
    (例)クックパッドのハイパーコミュニティ
     レシピを公開・共有することで、日々の献立に役立てる。
     (月額294円)だけでなく、メーカにも情報を公開。
     モバイル・タブレット活用により、より現場で近い情報や
     写真がアップされるようになった。 
  ③商品・サービスのマイクロ化
   携帯の本人性、常時性、ネットワーク性により、モノやサービス
   を販売する固定費、流通費が縮小され、その結果、商品・サービス
   を小分けして提供することが可能となった。消費者が欲する最適な
   単位でモノを売ることができる。   
    (例)保険業界のマイクロ化商品「ドコモワンタイム保険」
       ゴルフや海外旅行時にその前に入会する。
       GPS機能により、ゴルフ場のクラブハウスに近づくと
       案内メールが送られてくる。また支払いは、ケータイの
       毎月の請求と一緒に落とされる。
      東京海上日動火災保険の家中副社長(当時)によると、
      少額の保険は手続きの面、保険料徴収の麺から難しかったが、
      携帯からの申し込み、携帯電話料金と一緒に保険料を徴収と
      いうことによりその問題を解決できたとのこと。
 
  ④商品・サービス提供の適時化
   携帯電話の本人性、常時性、位置の特定性により、サービス提供者
   が提供する商品・サービスに関する情報提供コストが下がり、タイ
   ミングに対する自由度が大幅に向上した。商品・サービスの訴求を
   最適なタイミングで実施し、そのまま購買につなげることが可能と
   なる。
    (例)iコンシェル、ローソンのデジタルサイネージ
      「今割引をしています」「いまパンが焼きあがりました」、
      「今なら席が空いています」というような「旬な情報を旬な
       タイミングで提供」
     ローソンの新浪社長によると、クーポンの活用や店舗のメデイア
     化で携帯電話が、CRMのツールになると言う。コンビニが店舗
     で売るものは、将来的に、携帯で買えないもの、生鮮食料品に
     なっていくという。 
     イオンマーケッテイングの小賀社長によると、携帯を利用して
     ワントーワンのCRMを実現していき、ネットビジネスへの展開
     も計画しているとのこと。 

  ⑤商品・サービス提供チャネルのポータブル化
   決済や送金などの購入プロセスをモバイルでできる(ユビキタス)
   ようになった。 
    (例)モバイルSUICA
     SUICAの基本機能である自動改札のタッチ&ゴーやショッ
     ピング機能に加えて、新幹線のチケットレスサービスが使える。
     利用履歴の参照も可能。
     ANAのスキップサービスでは、携帯から予約するとチエック
     インカウンタに並ぶことなく、リーダライターにケータイを
     タッチするだけで、チエックインが完了する。
     みずほ銀行との協業による「ドコモケータイ送金」がある。
     ドコモのユーザ同士であれば携帯電話の番号で送金が可能と
     なる。送った金額は送金者の携帯料金と一緒に請求される。
     受け取る側は、銀行口座に振り込むか、携帯料金に充当
     するか選択することができる。
     JR東日本の椎橋副本部長によると、SUICA利用の拡大
     により、自動改札機のメンテナンスコストの削減をはじめと
     した効果は増大している。
     モバイルSUICAにより、表示機能とチャージ、定期券購入
     が可能となり、さらにGPSと連動して位置情報を把握し、
     降車駅の改札を出たら、周辺の飲食店情報やおすすめ情報を
     携帯へ送る「SUICAマーケッテイング」も可能になると
     言う。
     みずほ銀行の斉藤常務によると、携帯は、店舗窓口、ATM、
     インターネットバンキングと並ぶ「第四のチャネル」と位置
     付けられるとのこと。

2012年2月5日日曜日

認められたい人間 =ホモ-リスペクタス

最近組織理論に関心を持っている。
市場では、価格が供給のインセンテイブとして働く。
つまり、価格が高くなれば多く供給する。
組織において、メンバーは、何によってモチベーションを上げる
のか、何を目的に働いているのかについて少し整理できればと
思っていた。つまり組織の力学、組織内メンバーの活動が組織と
してどのような結果に結実していくのかについてモデルができれば
と思っている。
30年近くも大きな組織の中でビジネスをしていると自分なりに
漠然とした考えは持っているが、理論にはなっていない。
実際組織を運営していくためには、上司、部下、同僚からの承認・
合意は必要で、階層化して上司の承認ループは、ある目的を達成
していく組織行動には不可欠であることを実感している。
事業方針、事業計画のプレゼンテーション、業績評価の説明
は、まさに会社(経営陣でる上司)の承認を正式に求める場で
もある。
この承認要求をキーコンセプトに経営や組織を分析している
経営学者の書籍に出会った。
神戸大学経営学部出身の太田肇氏の書籍である。
他の書籍も多くあるが、すぐに手に入った『認められたい!』
をベースにポイントを書く。
日頃思っているところの根源が整理・分析されている。

一言で言えば、「人は認めてもらうために働いている。」
ということである。
勤労意識のアンケート調査 (2000 年野村総研 ) でも「自分の
能力や専門性を高めることで社会的に認められたい」が74%と
高くなっており、承認欲求が強いことを表している。
しかし、日本では、なかなか「自己実現」や「社会貢献」が上位
にならび、「認められたい」ということが表に表れないとのことで
ある。しかし「自己実現」「社会貢献」も自己満足ではなく、
「認められてこそ」でもある。
また日本では、平等主義の下、「人格的評価」に結びつきやすい
「認める」ことは肯定されないとも、以下の例を挙げながら述べ
ている。
小学校では、スポーツの出来る子、習字や絵で入選した子は称え
られるが、知能指数が高い子供や、勉強がよくできて有名私立
中学に進学する子に対しては、先生も周囲の子の視線も冷たい。
それは知能指数が高いこと、勉強がよくできることのほうが将来
の人格的評価「偉くなる」ことにつながりやすいと分かっている
からだと説く。
また人に認められる機会が少ないとモチベーションが上がらない
例として、在宅勤務がうまく行かない例を挙げる。
なるほどと思う。
太田氏は、承認のレベルを以下のように分類している。
第一レベルの承認欲求
日常の中で自分の仕事ぶりや個性を認められることによって満
たされる 承認欲求のこと。
第二レベルの承認欲求
組織の中での地位や肩書きによって満たされる承認欲求
 さらに以下のように分類する。
 ○より威信の高い会社に入るための競争によって得られる承
 認「メンバーとしての承認」
 ○企業社会の中で地位や肩書きを得るための競争によって得
 られる承認「ポストによる承認」
第三レベルの承認欲求
 組織内での地位や肩書きだけでは満たされない社会的な名誉
 や名声、あるいは尊敬を求める欲求

しかしこの第三レベルの承認は、少し厄介な問題を引き起こす。
つまり、「私は名誉欲が強い。」「尊敬されたい。」と公言する
ことは、「私はあなたたちよりも偉くなりたい。」 と言ってい
るのと同じで、人格の優劣をかけた闘いを宣言していることを
意味する。
「万人の万人に対する闘争」ホッブズの状況を認めることと
なる。名誉や尊敬に付随する上下・優劣の関係と人間はみな
平等であるというタテマエとは本質的に相容れず、公言でき
ないものとなる。

承認というものはいろいろな意味で他社依存的であり、他人と
の調和や 周囲への貢献があって初めて手に入れることができる。
ある人が承認欲求で動機付けていること自体が、その人に対す
る信頼や 責任感を担保し、利己主義的な行動を抑制できる。
名誉や尊敬には、個人主義的な側面と集団主義的な側面が統合
されている。
上場している会社は、株主からの株価を通した承認・評価が
必要なため、ワンマン経営による暴走が比較的少ないという
のも、私が常日頃感じている例である。

「万人の万人に対する闘争」を防ぐために、「うぬぼれ」
「自分のほうが偉いと思い込む」の余地を残しておくことや
「偉さ」を測る複数の尺度が存在する、あるいは正確な比較
が困難な、 よい意味での無秩序状態を残しておくことの
必要性も説く。各自がある程度好きなようにうぬぼれることが
できるので、階級闘争のような深刻な対立や 不遇がもたらす
ルサンチマンを防止もしくは緩和できる。

なぜ「成果主義」は失敗するのか。 の説明は、大変注目に値する。

モチベーションの理論としては、期待理論で説明するのがよい
とのことで、モチベーションは、「報酬の魅力」×「努力が報酬
に繋がる期待」で決まる。
この「成果主義」が誤ったシグナルを送ることにより、うまく
機能しないと説く。
つまり、成果主義の下では報酬の金額によって承認欲求が満た
されるはずであるが、現実には、原資総額が決定されており、
相対評価によって配分する方法では 成果が報酬に直結しない。
さらに成果の評価は、上司の判断や人事部による 調整に委ね
られ、主観や裁量、好き嫌い等の不合理な要素も入り込む。
本来の成果主義は、
「仕事の成果」⇒「評価 ( 承認 ) 」⇒「報酬」
となるべきだが 金銭的報酬にばかり関心が奪われ、それを
操作することで動機付けしようとした。その結果、
「仕事の成果」⇒「報酬」⇒「評価 ( 承認 ) 」という、
先に報酬や処遇があって それに社会的な地位や評価がついて
くるという倒錯した現象を起こしている。
成果に直結しない「報酬」という評価・承認によってモチベー
ションが決まってしまうこととなる。
年功制なら、給与やポストが低くても業績や能力が劣るとみな
されない。むしろ業績や能力の 優れた人は、給与が周りの人と
変わらないにも関わらず会社に大きな貢献をしているので、
一種のヒーロ扱いをされる。承認欲求を満たす。
報酬の前に、きちんとした評価・承認を行う必要性を表している。
評価・承認は、原資のように有限な資源ではないので、うまく
活用すべきと再認識する。
また分かりやすい例として、日本の企業は、相撲型から野球型へ
展開すべきと説く。相撲型は、番付がすべての一元的な承認
ゲームであるが、野球は、それぞれのポジションがあり、絶対
序列がない。さらに球団も移動可能である。

企業内での出世競争、つまり承認を求める努力や競争をゲームと
してとらえこともできる。
本論とは直接関係ないが、最近個人的に、企業マネジメントに
ゲーム的に要素を入れたほうが効果的と考えており、丁度、
ゲームの条件が整理してあったので、参考に書いておく。
ゲームの条件
条件1:参加と離脱の自由があること。
条件2:衣食住をはじめ生活と関わる提示欲求が充足されている。
条件3:暗黙の掟もしくは明記されたルールが存在する。
条件4:途中で逆転が可能なこと。
条件5:それに投入できるだけの魅力が備わっていること。

企業マネジメントにゲーム的要素を取り入れたほうが効果的と
いう背景も、個々人のパーフォマンスをフィードバックできる
ことがポイントと考えており、承認欲求と根底では通じている。

この承認欲求という人間の本姓に基づいたものが市場交換
取引ではないかと考え始めた。
お客様に感謝されないと、商品売買や、サービスの取引は成立
しない。お客様に承認してもらうように、工夫するというのが
市場交換取引経済の本質ではないかと思う。
社会主義経済での無愛想な販売員の態度を考えればより納得がいく。
マルクス経済学で、資本家は労働者を搾取するという観点のみで
資本主義を分析しているが、消費者に認められるように工夫する
供給者という視点が欠落しているのではないか。
承認されるように、供給者は工夫し、より承認されるために競争
する、またその承認行為は金銭交換だけでなく、前向きなコミュ
ニケーションの場であるというのが、市場経済の本質であるように
思う。

2011年11月12日土曜日

マックスウェーバーとアジアの近代化

中国を政治や経済、歴史の観点だけでなく、社会学のフレームワーク
で理解したいと思い、ちょこちょこと本を読んでいる。
日本を代表する社会学者によって書かれたアジアの近代化に関する
本が見つかった。
1998年に出版された本なので、中国の最近の発展については考慮
されていないが、日本の近代化を社会学で分析し、そのフレーワーク
で中国の近代化の可能性、課題について分析されている。
社会学者である富永健一氏がそれ以前に発表した論文をまとめたもの
であり、マックスウェーバーさらにはパーソンズのフレームワーク
を活用し、日本の近代化、中国の近代化を分析ししており、大変
興味深く読めた。
まずは近代化を以下のように定義する。

マックスウェーバーの近代化の定義
(1)経済の領域における近代化:近代資本主義の形成
(2)行政と法と政治の領域における近代化:近代官僚性と
近代民主主義
(3)社会の領域における近代化:家ゲマインシャフトと
氏族ゲマインシャフトと村落ゲマインシュフトの解体、
及びこれによる近代家族、近代組織、近代都市の形成
(4)文化の領域における近代化:呪術からの解放、及び
これによる合理的な精神の成立

富永氏による近代化の定義
(パーソンズのAGIL図式を再解釈)
(A)経済的近代化は、近代的経営組織によって担われた
資本主義の発展とこれによる近代経済的成長の実現。
(G)政治的近代化は、近代官僚性組織によって担われた法
と行政の発展とこれに基づく民主化の実現。
(I)社会的近代化は、血縁ならびに地縁による基礎社会
(ゲマインシャフトを解体し、機能別に形成された目的
社会(ゲゼルシャフト)を組織化しこれによって自由
で平等な市民社会の実現。
(L)文化的近代化は、伝統や因習による拘束(魔法の呪縛)
からの解放によって,思想や宗教や生活様式における合
理化を実現する。

ウェーバーは、
あの有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
で、「資本主義の精神」の敵対者は「伝統主義」であり、キリ
スト教自体もその古代中世的形態においては伝統主義に他
ならなかった。キリスト教をこの伝統主義から離脱せしめた
ものこそ宗教改革の所産としてのプロテスタンティズムで
ある。
その経済的合理主義への指向によって伝統主義を離脱して
いった。
現世的な職業を「神から与えられた天職」であるとする思想
を創始したのは、宗教改革の最初の提起者であるマルチルタ
ーであるが、「天職」観念はまだ伝統主義の枠から離脱した
とは言えないものであった。
カルビンの「予定説」が伝統主義からの離脱のコアであると
いう。来世において救いが予定されているか否かは純粋に神
のみの決断によることがらであり、教会や聖職者がこれに関
わることはできない。だからだれも他人を当てにすることも
できないし、いかなる呪術や儀礼も役立たない。
予定説は、純粋の個人主義、呪術からの解放、禁欲主義そし
て合理的な生活態度を生み出した。
予定説の教義のこのような個人主義は、一方では個々人の内
面に激しい精神的孤立化と緊張を作り出したが、他方ではそ
のような不安から逃れて、自分は神によって選ばれているの
だという自己確信に到達するために、ひたすら禁欲に徹して
神の恩寵を得ようとする態度を生み出した。
カルバン派は、修道院や教会内での禁欲は否定されているの
で、そのような禁欲はあくまで世俗内的に、すなわち日々の
職業労働に励むというかたちでなされねばならなとされた。

ウェーバーは、儒教を以下のように理解した。
『宗教社会学論集』「儒教とピューリタリズム」の中で、
儒教にはピューリタリズムにおけるような世俗に対する強烈
な緊張感がなく、ただ現世適応だけがあるに過ぎなかったの
で、呪術が温存されて合理化を達成することができなかった。
また儒教は無条件の現世肯定によって特徴づけられることか
ら、現世における生活態度を規制するだけの力をもった倫理
を生み出すことができなかった。
これらの理由により、儒教はピュリタリズムのように資本
主義発展の原動力になり得なかった。
さらにインドの宗教についは以下のように理解した。
「ヒンヅー教と仏教」で、インドの諸宗教が、純粋に来世
のみを指向して現世を無価値としたために、インドでは禁欲
主義は、瞑想的で神秘主義的なものとなり、ピュリタリズム
の禁欲主義のように経済合理主義や合理的な生活様式と結び
付くことがなかった。
日本についての言及は断片的ではあるが、
(1)神道はアニミズム的呪術的であって、倫理的要求を
何ももってない。
(2)仏教は、神道よりも合理的で宗教的な生活規制を行い、
来世における救済の教義を教えたけれども、徳川時代に
はその威信は衰えていた。
(3)徳川時代の武士が信奉した儒教は、本来中国の皇帝が
儒教にはよっての教皇であったために、日本では政治
的正当性を確立できなかった。
と述べている。
日本が西洋中世と同様に封建制をもった歴史的事実を上げて、
この封建制のもとでのレーエン関係(封土を介しての主従関係)
が、中国の神政政治におけるよりも、西洋的な意味での個人
主義を日本に作り出すのに好都合であったと論じた。

近代化の初期条件に関して日本と中国とを以下のように対比
させた。
(1)支配の構造
(日本)家産制的要素を伴った封建制
(中国)家産官僚制
(2)血縁社会
(日本)同族:物的基礎を特に持たない本家と分家の結び付き。
(中国)宗族:族産のような物的基礎をもった強固な氏族集団。
(3)地域社会
(日本)村落(共同体的規制)
都市(幕はん権力と結び付いたギルド組織株仲間)
(中国)村落(共同体規制と強い宗族的結合の相乗効果)
都市(政治的権力から切り離された同郷的背景をもつ
ギルド的組織)
(4)支配階層
(日本)武士(本来は戦士であるが徳川時代には儒教には
よって訓練された知識人でもあり、幕府とはんの官僚
組織の成員でもある。)
(中国)士太夫階層(儒教にはよって訓練された正統派
知識人。科挙試験によって選抜されて家産官僚と
なる。)
(5)儒教
(日本)封建社会における武士の在り方の精神的基礎。
幕はん体制の基盤たる身分階層的秩序を正当化
する倫理思想。
(中国)世俗宗教であって家産官僚制の精神的基礎。
氏族社会の現世的秩序を正当化するする倫理思想。

以上のように整理し、中国は封建制を経由していないが故に
個人主義が育たず、また儒教の現世適応主義のため、合理的
な生活様式も生み出せず、近代化が日本より難しいと結論
付けているように思われる。

このような説明を今までは納得していたところもあるが、
資本主義と市場経済は異なる概念で、市場経済は近代
以前から発達していた。
資本主義の特徴は、機械を使ったものづくり(産業化)
であり、計画的な設備投資である。
プロテスタンティズムの個人主義と勤勉が資本主義を
起こしたのは事実としても、産業主義を採用するには
中国のような国家主導の経済体制と損得感情の発達した
国民が適しているようにも思われる。
経済が発展すれば、情報がオープンになり自ずから政治
体制も生活も合理化されるようにも思う。

2011年9月23日金曜日

ゲームが変わった(ポストものづくりの競争をどう勝ち抜くか)

日本企業の今後の方向性特に製造業の方向性について最近多くの本が出版されている。
この本は、現役の経済産業省の官僚が、日本企業の今後の方向性について「研究開発のあり方」「水ビジネス、鉄道ビジネス等のインフラビジネス」について書いたものである。


1.ゲームが変わった
まずは今までのゲームを、繊維、自動車、半導体を例にして
①先進国を相手に
②競争が少ない状況で(まだ、新興国などが競争相手ではなかった)
③低価格で(為替レートが円安、先進国と比して生産コストが低かった)
 ④高品質の製品を供給する
とし、以下のようにゲームが変わったので、日本語企業の利益が出なくなったと言う。
①新興国を相手に
②新興国企業などと競合しながら
③低価格で
 ④最低限の機能で
 ⑤相手国のニーズにあった製品を提供する

このようなゲームの下で米国企業は、以下の戦略をとっているという。
自国や進出国の消費者のニーズに応じて製品を開発するというよりは、
消費者自身も認識していないような深層にあるニーズを見つけだして、そのニーズ呼応した製品の提供を行っている。
製品の提供も自国で生産してメイドインUSAで売っているわけではない。生産は他の国で行い、デイザンバイUSAとしてかっこよくて、使いやすい「米国製品」を売り出している。
さらに製品売却で終わりではなく、その後もサービスを提供し、それへの対価として安定的な収入をあげ、顧客をロックインでできるサービスモデルで展開している。

日本の携帯電話は何故海外で売れないのかについて、説得力ある説明がされているので、引用しておく。
メーカは、利用顧客の要求する仕様に応じてではなく、携帯通信会社が要求する仕様に応じた端末を提供している。
なぜならば、メーカは、携帯通信会社の販売奨励金をもらっており、利用顧客から直接お金をもらっているわけではない。。
携帯通信会社は、取り込んだ既存ユーザーからの収入単価をあげるため、多機能、高性能のサービスを提供するための端末を要求しており、メーカはそれに応える端末を開発し、提供してきた。
海外では利用者が端末の費用負担をするので、それにあった機能しか求めない。日本の端末メーカは上記によって利用顧客ニーズが分からなくなってしまっており、それに応えられる端末も開発できなくなっている。

また、日本企業の製品は、パソコンや携帯電話に代表されるように、グローバルでは競争力がなくなっている。例外として
デジカメは、日本企業の優位性を確保できているという。その理由は、レンズから画像処理装置に至るまで技術のする合わせ要素が多く、これを完全に「ブラックボックス化」できたからだという。
また、電気機械の最終財は、中国での生産が大半となっていることは一般に知られている。それでも、中間財においては日本が大半を占めているので安心とと思っている人が多い。しかし実態は、韓国、台湾からの供給が急増しており、日本が約367億ドルに対して韓国が294億ドルと急においついてきている。

2.研究開発力
 学術論文が特許の取得にどの程度影響を与えたかを示すサイエンスリンケージでは、米国が4.5で全世界平均が2.5であるにも関わらず、日本は0.5となっている。つまり日本は、基礎研究をうまく特許化できていないことを表している。
各国の研究開発費と政府の負担割合を示したものが以下のとおりであり、日本は米国に遠く及ばないだけでなく、中国や韓国に追い上げられていることがわかる。

研究開発費と政府負担割合( )内の数値は、政府負担割合
  米国:46.4兆円(27%)
  EU15:31.4兆円(33%)
  日本:18.8兆円(18%)
  中国:12.3兆円(25%)
  ドイツ:8.6兆円(28%)
  韓国:5.0兆円(25%)
  フランス:5.0兆円(39%)
  インド:3.0兆円
  ロシア:2.7兆円
インフラビジネスでは、以下のゲームになるという。
 ①新興国を相手に
 ②先進国の高ブランド企業や新興国企業などと競争しながら
 ③相手国のニーズにあった、場合によっては、最低限のサービス水準を低価格で提供する。

3.インフラビジネス
 インフラビジネスは、インフラを設計・構築するだけでなく、運用まで含めた「システムで稼ぐモデル」が必要。

水ビジネスは、今後大きな伸びが期待できるが、入札になることが多く価格が勝負とも言える。
 ・36.2兆円 (2007) ⇒86.5
 ・素材、部材、コンサル、建設設計48.5兆円
 ・管理運営サービス 38兆円

事業毎では、以下の内訳となると言う。
上水道:38、9兆円
下水道:35、5兆円
工業用水:5、7兆円
海水淡水化:4、4兆円
再利用水:2、1兆

水に関しては、少ない供給に対して需要が大きいという問題があり、省水型の水循環システムなど日本に比較優位のある技術が有効であり、日本の企業の強さを出していける領域である。そうは言っても、低コストがポイントで、すべての部品や設備を日本製にしてしまうことは難しい。
現在では、ウ゛エオリア、スエズが、海外水メジャーとして、シエアの大半を占めている。

3.鉄道ビジネス

鉄道ビジネス
15、9兆円(2007)⇒22、0兆円(2020)
保守:9、3兆円
車両:6、6兆円
軌道:4、3兆円
信号制御:1、9兆円

海外競合
シーメンス(独)、<16%>、アルストム(仏)<21%>、ボンバルディア(独)<21%>
日本のメーカー合計<9%>
現代ロテム(韓)、北車グループ、南車グループ(中)
⇒低コストと安全性がポイント

このように経済産業省の現役の官僚が書いただけあり、日本の産業を取り巻く環境の変化が定量的に
網羅的に書かれている。
ただ残念なのは、より深い分析やそれから導かれる戦略が書かれていないことである。

2011年9月19日月曜日

ダニエルカーネマン 心理と経済を語る

個人が集まって組織を作ったとき、個人の意思がどのような組織行動(administrative behavior)を帰結するかに関心を持っている。合理的な個人を前提にゲーム理論等で組織行動を分析することも必要だと思うが、不完全情報の下での個人の意思決定を前提とした組織行動の分析が現実解のようにも感じている。
その問題意識の下、『最小合理性』勁草書房、『心は遺伝子の論理で決まるか』みすず書房を図書館で借りてきたが、なかなか取り組めていない。
以前購入して積んでいた『ダニエルカーネマン 心理と経済を語る』を、今日突然読んだ。
心理学者でノーベル経済学賞受賞のカーネマンのノーベル賞受賞記念講演と自伝、さらに二つの論文「効用最大化と経験効用」と「主観的な満足の測定に関する進展」 を翻訳した本である。プロスペクト理論やヒューリスティクス等キーワードと概念 は経済心理学や実験経済学の本で知っているが、なぜこのような概念を思いついたのかはよく知らなかった。その理論を構築した本人が書いたものであり、この本を読むことにより、大変よく理解できた。特に記念講演と自伝を興味深く読んだ。 受賞記念講演の中からポイントとなるところを以下に記す。
 



(1) 知覚の特性①・・・・・・「変化」に集中し、「状態」を無視する。
目から脳に伝えられる情報のほとんどは、変化する物事、前とは違う物事に ついての情報である。 現在の刺激だけによって決まるのではなく、現在の刺激と過去の刺激との間の 差異によって決まる。 ⇒プロスペクト理論 効用(満足度)を決めるのは「変化」であって「状態」(富の絶対量)ではない。 知覚と類比させて考えてみたこと、適応という概念を借用したこと、そして 中立的な参照点という概念が、プロスペクト理論の発展を導いた。
(2) 知覚の特性②・・・・・足し算すべきときに平均値を求めてしまう。 
基本的な知覚的な表象には、例えば全部の線を足した長さがどのくらいに なるかというようなより複雑な統計は含まれておらず、平均値は直感的に ただちに分かるので、平均値に基づく判断を行ってしまう。 平均値は表象に含まれているが、合計は含まれていない。
表象に含まれているもの。
 ・ 平均値/典型的な値
 ・ 極端な値
 ・ 特徴の(おおよその)相対度数 表象に含まれていないもの。
 ・ 合計などの統計値

アンカーリング:数値や物事を推定したり調整したりする際に、与えられた 初期値が錨(アンカー)のような機能を果たし、人の志向がそこに縛り付けられる こと。またそれによって判断に影響が及ぶこと。
ある人が、あるグループもしくはカテゴリーに属すかどうかを判断する。
(例1)
「・・・大学では哲学を専攻。・・・学生時代に反核デモに参加。」    この人は、A:「銀行の出納係り」       B:「銀行の出納係りであり活発なフェミニスト」  確率的なBの場合「銀行の出納係り」かつ「フェミニスト」  なのでAの「銀行の出納係り」より確立は低いが、代表性に よる判断、つまり代表制ヒューリステイックにより、主観的 にはBが選ばれる。
(例2)
大腸内視鏡検査で8分間の検査のAさん、22分間検査のBさん。 辛い思いを長くしたのはBさんだが、Bさんの場合、最後の方で 辛さが和らぐと、主観的に辛い思いをしたのはAさんになる。
直感的思考は、比較的苦心もせず、余分な計算をすることもなく、 基本表象(basic representation)にそのまま従って動作する。 グループの基本表彰には、平均値は含まれているが、合計値は 含まれていない。

つまり以前の経済学は、意識や注意を無限で制約がないものとし、その他のものの最適化・効率化を検討していたが
経済心理学は、意識や注意も最適化・効率化が必要で、それらを含めた最適化を考えることを提唱していると思う。 

2011年9月3日土曜日

Getting   to  PLAN B

新規ビジネスを成功させるにはどうすればよいかを、ケーススタディを通して分析し、整理した本である。 最近あるパッケージビジネスの立ち上げに苦労しているところもあり、大変興味深く読むことが できた。著者二人は、スタンフォード大学で新規ビジネスを担当しているビジネススクールの教授 とロンドン大学で同じく新規ビジネスを担当しているビジネススクールの教授で、多くの事例から 成功のための法則を導き出している。 その法則とは当初策定したビジネスプラン「PLAN A]」は使い物にならないものが多いが、それであきら めるのでなく、以下に述べる観点で「PLAN B」に移行すべきと説く。観点や実施ステップは目新 しいものではないが、実行が勝負と思うと納得がいく。 アップルのTunes/iPod/iPhone、グーグル、イーベイ、ライアンエア、スカイプ、アマゾンがケース スタディとして取り上げられており、それぞれの事業の「PLAN A」がどのようなものであり、どの ような観点で何を参考に改善が行われてきたかがわかり、興味深く読めます。 『Getting to PLAN B』 「PLAN A」の失敗事例だけでなく、始めから成功したトヨタのレクサス高級路線、コストコの会員制モデル、ザラの 高速ファッションモデル等ビジネスモデルのどこが優れているかについても書かれており、ビジネスを成功させるポイ ントも参考になります。多くの面白いケーススタディが出てきますが、結論としては当初立案したビジネス計画「PLAN A」 を、以下のビジネスモデルの五要素に着目し、 ①収入   誰が買ってくれるのか、何に対価を払ってくれるのか、なぜ買ってくれるのか、頻度、量、値段はどうか。 ②粗利、   原価をどこまで下がられるか、どこまでの価格なら受け入れられか、稼ぐ製品と見筋製品のミックスをどうするか。 ③運営(営業費)      事業成長のために使わざるを得ない営業費目、売上比例費目、削減可能な費目は何か、どこまで削減できるか。 ④運転資金、   顧客の支払タイミング、早期化の可能性(会費制等)、取引先への支払タイミングを延ばせるか、必要在庫等期間   は。 ⑤投資   立ち上げまでの投資を最小化(段階的投資、既存設備流用等)をどう実現するか。 <ステップ1>    Analog(類似事例)、と ②Antilog(反例)を を見つけ出し、それらを謙虚に分析し、 <ステップ2>  成功の要因と信ずるもの、賭けてみたいアイデア(Leaps of Faith)を整理し <ステップ3>  それを検証する仮説や手法を考え、 <ステップ4>  「Dashboard」(仮説に対応するKPIの結果管理とフィードバック)で 検証あるいは反証し、  これらのステップを繰りかしえ、「PLAN B」を作成すべきと言っています。  これらを実行できるかどうかが、事業を成功させることができるか、失敗のまま終わるのかを決定する  とのことです。うまく行っているビジネスモデルは、これらの要素が相互に結びつき、さらなる成長軌道  に乗るとも言っています。

2011年5月30日月曜日

社会学を学ぶ(内田隆三)

「小室直樹の思想と学問」を読んでから、社会学に関する関心が呼び
覚まされた。小室さんが社会学を学び、師と仰いだタルコット・パー
ソンズが気になり出した。いきなりパーソンズにいくのではなく、周辺
を理解しようと、「社会システム論」や「情報と自己組織性」に関する
本を拾い読みしている。
物理システムと社会システムの違い等分かりやすい話もあったが、一般
的には抽象的な議論が多く、軽く読んで理解できるようなものではない。
その中で、社会学の歴史の中で、分かりやすく「社会システム論」を説明
している書籍が見つかった。著者の思考の歴史や時代背景も書いてあり、
大変興味深く読むことができた。
それは、『社会学を学ぶ』(内田隆三)である。
1969年に京都大学の文学部に入学して、現在は東京大学の教授で
あるが、その間の時代背景と著者の思考経験と関連つけながら、社会
学的な知の布置がその本質的な部分でどのような変遷をたどってきた
のか、またその深い可能性がどこにあったのかを書いている。



1.社会学の大まかな歴史
社会学は19世紀における産業資本主義の抱える諸問題を研究してきており、
資本主義がもたらした歴史の「現在への問い」を設立動機としている。
オーギュスト・コント、ハーバード・スペンサーらの仕事の後を受け、
エミール・デリュケーム、マックスウエーバ、、ゲオルク・ジンメルらの
精緻な理論的研究が輩出したように19世紀末また第一次大戦へいたる
ころにかけて、社会学はその古典的な達成期を迎えた。
アメリカでは、20世紀初頭から二つの大戦の開戦期のころにかけて、
西欧の社会学の影響を受けながら、ソースタイン・ヴェブレン、
C・H・クーリー、G・H・ミード、W・I・トマス、R・E・
バークに代表されるように、経済学や社会心理学、人類学などの隣接
領域と交わりながら、多彩な研究が花開いていく。
第一次大戦の後に生じるのは、20世紀社会学の基本的な磁場の形成
である。
それらは社会学における、①自己反省の試み、②形式化の試みを、
大きな潮流として含んでいる。
「反省的なまなざし」としてカールマンハイムのマルクス主義のイデ
オロギー批判、ゲオルグルカーチの『歴史と階級意識』の問題を受け
止めながら、その限界を相対化するべく「知識の存在拘束性」という
概念を立て、知識社会学という「自己反省」の様式を導入した。
この反省に少し遅れて生じたのは、タルコット・パーソンズによる総合
と形式化の試みである。パーシンズはデユルケームと代表される実証
主義の系譜とウエーバに代表される観念論の系譜とを方法論的に接続
することを目指したが、それはまず両者の理論を同一の地平に吸収
することを要求した。
「反省」と「形式化」は20世紀社会学の二つの大きな軸線であり、
反省はマルクス主義的な「批判」の言説と相関していたし、形式化は
機能主義的な「システム論」の言説と相関していた。
この二つの試みを同時に遂行しようとしたのでニコラス・ルーマンで
ある。

2.デユルケームの実証主義
デュルケームが示したのは、社会のありうようは一定の規則性をもって
諸個人の行為の様式を拘束しており、しかもそれは実証的な客観性をもっ
ていることである。社会的事実は
①諸個人の意識から見れば外在的なものであるが、
②結果として諸個人の行為のありようを強く拘束している。
しかも
③社会的事実のもつ拘束力は逃れがたく、
所与の社会の全域で「普遍的な力」として働いている。
社会的事実は所与の社会で必然性をもって生起する。社会学の生命線は、
具体的で経験的な出来事との相関の上で何かを語ることにある。
さまざまな社会的事実の「作用原因」としての社会とは、何か実体化でき
るような第一原因ではなく、むしろその具体的な効果自身の内に存在する。

3.ウェーバーの行為理論
ウエーバによれば、社会学とは、社会的行為をその主観的に思念された
意味(動機)に従って理解し、行為の家庭および結果を因果的に説明する
科学である。主観的に思念された意味とは、行為者の状況に対する
「志向的な関係」のことである。意味があり、理解の対象となる社会的
行為には次の4つの類型がある。
①「目的合理的行為」
 結果としいて合理的に追求され考慮される自分の目的のために条件
 や手段として利用するような行為。
②「価値合理的行為」
 ある行動の独自の絶対的価値―倫理的、美的、宗教的、その他―その
 ものへの、結果を度外視した、意識的な信仰による行為。
③「情緒的行為」
 直接の感情や気分による行為。
④「伝統的行為」
 身に付いた習慣による行為。
理念型は、現実に起こった出来事の特徴を調べ、その逸脱や偏差を測定
するための理想的標準として設定される。社会学の課題はこのような
理念型を構築し、それを用いて、現実の社会現象や行為の意味を理解
することにある。

4.パーソンズの構想
 パーソンズが乗り越えようとしたのは、ウエーバの「行為」理論と
ともに、デユルケームの「社会的事実」の理論であった。
デユルケームの理論は規範の拘束力が経験的な準拠を超えて、超越
論的な仕方でセットされているように見える。
それは規範の拘束力の根拠を「集団の情緒的熱狂」というような超越
論的な事実性に還元しているように見える。
 他方ウエーバのいう理念方とは歴史的事象のいくつかの要素を理想
的な形で再構成した一種の理想的な可能性のことである。
理念型に基づく方法論はモザイク的で記述的であり、しかもフィク
ションと現実という二分法をとっている。
「構造―機能分析」では、社会システムの同一性を標識し、安定的で、
常数とみなしうる部分を「構造」として取り出し、他の諸要素はこの
構造を維持する上でどのような「機能」(あるいは逆機能)を果たして
いるのかが明らかにされる。
システムにおいて構造が維持されていることを一種の均衡状態とみなし、
この均衡条件を明らかにすることが構造―機能分析の重要な焦点に
なるのである。構造とは社会システムがその同一性を維持するために
是非とも充たさなければならない機能的要件の集合であるといえよう。
実証主義的なスタンスでは十分に説明できない規範的秩序の形成をー
集団の超越論的な経験ではなく、相互的な行為の過程に求めた。

5.物象化
物象化というのは、人間の労働生産物が「商品」という携帯を取るとき
に生じている現象である。
物が商品となるのは、それを売買する人と人との社会関係を通じてである。
商品は何らかの使用に役立つという意味で「使用価値」をもつと同時に、
いくれで買えるのかという意味で一定の「交換価値」を持っている。
物の交換価値は、それを生み出した労働の社会的性格に由来している。
この由来がすっかり忘れ去られること、そしてその結果、物の交換価値
が物それ自身の属性のように実体化されてしまうこと。
これが「物象化」である。
「人と人との関係が、当事者たちの意識に、物象のように映現する事態。」
物にとって「より以上の物」である意味や価値といった「ideal」な次元の
形象は、共同主観的な構造、言い換えれば人々の共同連関=交換のシステム
の媒介を受けて成立している。
意味や価値が「より以上の物」として通有していることは、そうした物が
循環する領域が「共同主観性の場」として、つまりひとつの「社会」として
成立している証である。
物象化とは本質的には「社会性の成立」を標識する現象である。

6.構造主義
言語は①「形態素」を基本単位とする有意味的な水準と②それ自身はもは
や意味を有しない、「弁別特性」の束からなる音素の水準へ文節される。
音素の水準は、主体にとっては無意識的な水準である。そこにはひとつの
構造が存在しており、この「構造」は意味作用の可能性の条件として役立
っている。
言語のように有意味的な主体の行為に対して、その無意識の制約条件
として機能している「構造」を抉り出し、解明するのが構造主義である。
現代社会が主体の意識に還元できないもいのから成り立っているのでは
ないかという不安の意識と関係している。

6.現在の社会学
ボードリヤールの現代社会分析は、現代社会の営みや挙動には一定の
拘束条件が働いておりその拘束条件の働き方が明らかにされる。
先進的な資本主義社会のシステムに照準している。

ルーマンにおいては、社会システムはオートポイエーシス的(自己作成的)
なシステムであり、それ自身による継続的な自己生成の過程が問題になる。
パーソンズの場合は、こうした動態的な過程ではなく、既に均衡状態に
ある静態的な構造とその安定性が基本的な問題になっていた。
社会システムは、コミュニケ-ションのシステムは主体を前提としない
「創発的な現象」であり自己作成的に継続されていく意味連関の領域である。

アドルノとホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』で示したのは、ヨーロッパの
歴史において神話からの離脱という「啓蒙」の過程は、他ならぬ啓蒙そのも
のの追及と発展による、再び「神話」に転落するという逆説である。
 啓蒙という文明化の過程、脱神話化の過程、つまり理性による「自然の
支配」の過程が、結局のところ、啓蒙が否定し、克服しようとしたはずの
野蛮と、暴力と、非理性の状態をもたらすというわけである。

私の関心あるところを著者の文章をそっくりそのまま抽出したところが
多いが、考え方のポイントをうまく抜き出せたと思う。

個々人が意識しないが、人とのつながりの中で、個々の行動を動機つけ
ている(価値有らしめている)ものを体系的に分析・整理するのが社会学
であることがよく理解できた。