2010年3月23日火曜日

IFRS時代のレポーティング戦略 -XBRLで進化するビジネスの仕組み-

  仕事柄、システム技術の動向そのものやシステム技術が社会に与えるインパクトについて情報収集したり、考えたりすることが多い。今回は、技術的には新しさにはやや欠けるが、著者の経験に基づく深い洞察力と構想力に基づき、今後の社会にどのようなインパクトを与えるかについて説得力あふれる書籍を読んだので、サマリーを書く。著者の世界観のようなものが感じられる本だった。
ポイントとなるシステムの技術は、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)であり、これが今後ビジネスをどのように進化させるかについて分かりやすい事例で説明している。
 XBRLを分かり易く言うと、データにタグと呼ばれる特定の文字列を附加し、そのデータの意味や構造、装飾などを埋め込んでいく技術(XML)をベースとし、、特に各種財務報告用の情報を作成・流通・利用できるように標準化された言語である。これが企業内システム、企業間システムにどのようなインパクトを与えるかについて、各国の先進事例を紹介しながら、将来展望の仮説を述べている。
 XBRLの発明者である米国公認会計士と日本の金融システムのインフラ構築の長く携ってきたIT企業の技術者兼経営者により書かれており、これ以上の著者は望めないとも言える。
 まず、企業情報の報告は、近代資本主義発展をリードしてきた株式会社を支えるものであるとの世界観から始まる。またサービス化や情報化されたビジネスが主流となっている現在においては、事業の内容やプロセスはどんどん目に見えぬくなっており、自分のビジネスの価値を適切に説明すること、すなわち「報告」の重要性が増してきている。
  XBRLが、報告を作る人、報告を受け取る人、報告を活用する人との情報連鎖を変えていく。より透明度の高い情報が労力かけずに、作成・保管され、リアルタイムで「見える」未来がやってくるという。特に以下の事例は、XBRLのメリットが具体的によく理解できる。

 ◆「XBRLがあって初めてIFRSが機能する」
  IFRSは、会計処理を細かく規定した細則主義でなく、基本的
  考え方を示した原則主義を採用しており、個々の企業はその
  会計処理の妥当性を説明する責任が増す。
  そのためには背景となっている非財務情報も開示する必要が
  ある。その非財務情報を投資家に活用してもらうためには、
  XBRLで開示する必要性が増す。
 ◆「投資信託の投資先把握によるリスク分析」



投資信託商品でその貸出先が一万件であった場合、その投資先
情報をさかのぼって個々の個々のリスク情報を読み取ることは
人間ではできないが、コンピュータでは可能となる。
ある投資信託は、個々のカリスマベンチューに依存した1万社
に江者。1万人が同時に健康上のトラブルに
に投資。もう一方の投資信託は、住宅価格に業績が連動して企業
1万社に投資。この場合、1万人のカリスマ経営者が同時に病気に
なる可能性は低いので、リスクが低いことがわかる。
投資先の1万社のデータがXBRL化されていれば、定性情報も
含めてコンピュータで簡単に分析できるので、このようなことが
可能となる。


XBRLを採用することにより、報告者、受理者、利用者に以下のメリットをもたらす。 
  ①報告者(例:企業の財務担当者)
   報告形式の標準化によって、内部の情報処理の効率化、作成時
   間の短縮をもたらす。
  ②受理者(例:証券取引所)
人手を介さずに報告情報を受理することで、情報の漏れや誤りを
発見する作業が劇的に削減される。
  ③利用者(投資家)
   報告形式が標準化されるため、開示情報の他社との比較や過去と
   の比較、分析など、利用力が劇的に向上する。
XBRLは、日本が先進的に採用し、普及させてきているようで、
以下のように早い段階から採用してきているようだ。
  ◆2003年 決算短信の一ページ目、すなわち適時開示情報
の提出フォーマットがXBRL化  東京証券取引所
◆2004年 国税庁への電子申告に際して財務諸表部分をXBRL化
◆2006年 日本銀行への銀行・信用金庫の月次報告がXBRL化。
◆2008年 有価証券報告書の電子開示システムEDINETに採用
XBRLが切り開く七つの未来として以下を挙げている。

① XBRLがIFRSの変革エンジン
原則主義によるため、合理的判断根拠の非財務情報も必要。
② 非財務情報処理革命
③ 投資判断のリアルタイム化
④ 資本市場の国際化の更なる進展
⑤ 報告情報連鎖参加者の提供価値の見直し
⑥ レポーティングの双方向化
監査法人、投資家などによる付加情報が追加され
⑦ eガバメント、eガバナンス 

さらに今までは取引をしてはいけないブラックリストが重要であったが今後は
積極的に取引をすべき対象者のリストであるホワイトリストの重要性が高まるという。
つまりよい経営をしていれば、XBRLにより情報が流通し、安くお金を調達できるようになるようなことを想定している。
システム的には、データベースが閉鎖系のシステムから開放系のシステムに変わり、利用者がアクセスできるデータは全てデータベースとなり、利用者がその利用方法を設計できるようになると言う。つまり、日々生まれる大量の報告情報が、流通や活用、再利用が容易な状態でデータベース化されることにより企業内部の統制が従来よりずっと進化する。さらに経営においては、大量の報告情報を整理・抽出し、大きな意思決定行うための情報を新しい形で統合可能となるという。

XBRLがビジネスにどのようなインパクトを与えるか具体的事例で分かりやすく書いてあり、大変参考になった。特にIFRSの普及によXBRLの重要性が高まることがよく理解できた。
IFRS時代におけるXBRLを活用した企業会計システムのあるべき姿を考えることが私の課題である。


2010年3月15日月曜日

マネジメント改革の工程表

ここ数ヶ月は、新書やハウツー本を読むことが多くなっており、本格的な本はあまり読んでいない。今日はハウツー本ではあるが、読んでみるとなかなか面白いので、サマリーを作ることとする。TOC(制約理論)のプロジェクトマネジメント理論であるCCPM(クリティカルチェーン)の応用について書かれた本である。理論の説明だけでなく、実際の経営改革プロジェクトで著者が経験したノウハウが書かれており、面白い。
まず、プロジェクトの定義からはじまっている。
プロジェクトマネジメントの知識体系(P2M)の定義によると、「プロジェクトとは、特定使命を受けて、初めと終わりのある特定期間に、資源、状況など特定の制約条件のもとで達成を目指す将来に向けた価値事業である。」とのことである。
経営改革から研究開発、新規事業さらにはシステム導入等企業には多数のプロジェクトが走っており、経営はプロジェクトの集まりともいえる。、
しかし、このプロジェクトが必ずしも成功するわけではなく、以下のような問題がよく発生する。
① プロジェクトをなぜやるのか目標がはっきりしない。
② 「手段」がプロジェクトの「目的」となってしまっている。
③ プロジェクトの最中に他の部署の協力が得られずチームワーク
ができない。
プロジェクトが失敗しだすと以下のような悪循環に入っていく。
プロジェクトの失敗を防ぐために管理を強化
⇒現場に詳細な進捗報告を要求。
⇒現場は報告作業が増えて、肝心のプロジェクト作業に手が
回らない。
⇒失敗プロジェクトが多発。
⇒現場にさらに詳細な進捗報告を要求。
⇒肝心のプロジェクトの手が回らなくなる。
この悪循環に陥らないようにプロジェクトをマネジメントしていくことが
求められる。
プロジェクトの成功の必要条件(必ずしも十分条件ではないが)は
納期であり、その納期にかかわるプロジェクトの余裕(サバ)のマネ
ジメントがポイントとなる。




(1)サバと責任感
責任が重い人ほど、信用が重要である。その信用を守るためは、
安全余裕、つまりサバが必要となってくる。以下の理由でサバを
取ることとなる。
・仕事の余裕がなくなる。
・万が一、問題があったら対応する余裕がない。
・余裕がないからほかのプロジェクトが窮地に陥ったときにも助
けられない。
しかしこのサバを各組織、各チームでとり始めると、サバはネズミ算式
に増えていくとなる。サバがあれば、余裕があると思い、当初はゆっくり
と始めてしまい、最後に切羽つまって初めて本気を出すということになり
がちである。さらにサバを持ったら使い切る。つまり
「与えられた予算と時間をあるだけ使ってしまう」というのが人間の性で
もある。しかし仕事のできる人はサバの使い方を知っている。
仕事のできる人は、
①厳しい納期要求により、
・ 部下は自己流のやり方では間に合わないと自覚している。
・ 部下をやり方を他の人から学ぶようになる。
②進行中にもサバを活用
・ 厳しい納期でサバがないので、作業中の小さな問題でも、それ
が大きな問題に発展する前に早めに報告を上司に上げるように
なる。
・ 早めの報告がきたら、上司はその問題の深刻さに合わせて、自
分の持っているサバの中で吸収するか、それとも自ら入り、部下
を助けるか判断し、部下を支援できる。
・ 部下がはやめ、はやめの報・連・相を実施し、上司は手遅れに
なるまえに手を打つ先手管理ができるので上司と部下の信頼関
係が」が増す。
を可能とする。これにより、
◆ 現場で起きる追加案件を早めに報告してもらうメカニズムが
働くようになり、
◆ 現場だけの個別最適の視点から、全体最適の視点でみんなで
意志決定するようになる。
という好循環に入る。
しかしこのサバつまりバッファーどこに持つのがよいのだろうか。
バッファーを個人で持てば個人プレイ、各作業チーム内で共有すれば、
各作業チーム内でのチームワークの源泉となる。そしてプロジェクト全
体で共有すれば、プロジェクト内でのチームワークの源泉となる。
従ってできるだけ、上位のマネジメント単位で持つのがよい。
それではさらにバッファーをどのくらいの量もつべきなのか
結論としては、各チームが個々のバッファを使い切る確率が50%なら、
それらのバッファーを集計したプロジェクト全体のバッファは、全体の
50%でよいので、集計したバッファーの半分をプロジェクトのバッファー
として持つのがよいとのこと。

(2)クリティカルチェーン
チームのバッファをなくして、チームがぎりぎりの納期を目標とした
全体のスケジュール(クリティカルチエーン)上で集中管理すると
ともに全体のバッファの消費量を管理すれば、的確な納期管理が
行える。
納期遅れの可能性が、実際に納期に遅れるはるか前にバッファの
消費量というアラートで示すことができる。
バッファの消費量によって納期遅れが実際に起こるはるか前に危険
予知が可能となり、先手管理の対策を打つことができる。

(3)「あと何日」の進捗管理
進捗管理は、今まで何をしたか、何を完了させたか管理するの
ではなく、「あと何日で終わるか」を管理したほうがよい。この方法
だと
・ 簡単で分かりやすい報告で作業担当者報告の負担が軽減される。
・ 何をしたかではなく、これから何をするか未来形で議論するので
作業担当者の納期に対する意識が向上する。
・ 予定までの進み具合が実感できるので、作業担当者の達成感が
高まる。
・ 作業が進むとともに完成までの見通しがきくようになり、納期を守
れる可能性があがる。
・ 作業進行中も常に見積もりを訓練することになり、作業担当者の
見積もり能力が上がる。
のような効果をあげることができる。
さらに付け加えると、「あと何日」と報告してもらうとともに「問題あると
したら何がある?」と聞くことも重要で、これによりリスクを事前に予測
することができる。
著者は」、マネジメントスタイルを、
横軸:監視・監督⇔コミュニケーション、
縦軸:やさしい⇔複雑
で象限わけをし、COMMAND&CONTROL :「監視・監督」が強く、
「複雑」が強い象限のマネジメントではなく、COMMUNICATION&
COLLABORATIONが今後ますます重要になってくるとのこと。

(4)ODSCで目標のすり合わせ
プロジェクト目標はメンバで議論し、共有化することが必要である。
そのときに以下のフレームワークで考えればよい。
①「O」Objective(目的)
②「D」deliverables(成果物)
③「SC」Success Criteria(成功基準)

「O」(目的)を議論することにより以下を実現できる。
  ・ それぞれ異なった思惑をもった関係者の間で、目的をするあ
     わせし、共有できる。
  ・ いろんな意見が網羅的に出たかを確認するために、財務の
    視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、成長と育成の視点、
    経営理念、経営スローガンの視点でチエックすることも必要。

「D」(成果物)を議論することにより以下を実現できる。
・目的を議論したあとで、プロジェクトの成果物、つまりこの
プロジェクトで何を作るかを議論する。成果物が目的ではなく、
目的を達成する手段であることが分かる。

「SC」(成功基準)を議論することにより以下を実現できる。
・O(目的)で議論した項目の一つ一つを成功基準として明確
にする。測定できるものにすることが必要。

ODSCを以下のチエックリストでチエックし、より確かなものにする
ことが必要である。
・ 企業や組織の理念に合致しているか。
・ 経営目標やプロジェクトの本来の目標と合致したものであるか。
・ 参加メンバーが熱意をもってこのプロジェクトに参加し、そして
・メンバーが成長するために、積極的でありながら、達成可能な
内容となっているか。
・ 社会に貢献できる視点が入っているか。

(4)工程表を作成するための手順
プロジェクトを成功させるためには、目標を達成するために前もって
先手を打って準備することが必要である。そのためには、ODSCから
出発し、その直前にすることは何か、本当にそれだけでよいかを繰り
返し、プロジェクトの最初(スタート)の部分まで戻っていく手順がよい。
その後、プロジェクトの始まりから、先ほどとは逆方向に時系列の順
番で成果物をつくる観点から見直していく。
タスクは必ず「○○する」という動詞で表現しておく。
リスクの高いタスクは、前に押し出されてくる。リスクの大きい工程は
先に行う。そのタスクについうては、メンバーからまえもってこうしたほ
うがよいという意見も出てくる。
作成した工程表に人と期限を割り当てていく。これはプロジェクトの
最初の工程から行っていくのがよい。


(5)サバ取りを行う手順
まず、タスク工程表の一番長いチエーンをつなぎ合わせクリティカル
チェーンを作成する。このクリティカルチェーンを短くすることで工程
の納期が短縮されないか検討する。つまりクリティカルチェーン上の
各作業タスクにサバが潜んでいないかを検証していく。
ポイントは、クリティカルチェーン上の長いものつまり制約の大きいも
のから順番に、でみんなで短くする方法がないか議論する。
以下を実施していく。
① タスクそのものの期間を短縮する。
長いものから優先的に検討して行く。
② タスクを分ける。
長すぎるタスクは分解する。平行化できないか、短縮できないか、
事前に切り分けられるものはないか。
③ タスクをまとめる。
一緒にまとめたほうが質のよい仕事ができたり、効果が上がった
りすることもある。
④ タスクの順番を見直す。
順番を見直すことにより納期短縮に効果を発揮する。
その議論の中でタスクの優先、つまり段取りが極めて重要で
あることがメンバーに理解される。

サバを見つけるためには、各タスクでやれるかやれない五分五分の
期間を明確にしていく。これをサバを読まない期間として設定していく。
報告では、「あと何日かかる?」を明確化することを基本とし、同時に
「うまくいかない可能性があるとしたら何がある?」と失敗する可能性
のある懸念事項を必ず議論するようにする。

上記基づいた工程管理を行えば、プロジェクトでよく発生する以下の
問題を防げると説いている。
<プロジェクトでよく発生する問題>
・ 予算が足りない
・ 人が足りない
・ 客先やマネジメントの判断が遅れる
・ 情報がタイムリーに共有されない
・ 調達品の納期が遅れる
・ 要求がころころ変わる
・ 周囲が助けてくれない
・ マネジメントの助けが得られない

プロジェクトを成功させるためのノウハウとして分かりやすくよくまとまって
いる。経営改革プロジェクト、システム構築プロジェクト等それぞれプロジェクトの特徴に対応したノウハウは書かれていないが、共通事項として参考になるところが多い。

2010年3月9日火曜日

グローバル製造業の未来(MAKE OR BREAK)

最近中国の存在感が増してきた事を実感する。私も中国語の勉強を始めてしまった。中国語は思うよりとっつき易い。テレサテンの歌を中国語で歌える日も近い(?)。

今回は、中国等の新興国の製造業の追い上げに、欧米の製造業、日本の製造業が如何に対抗して行くかについて書かれた本である。米国の経営戦略コンサルテイングファームであるブーズ・アンド・カンパニーの米国スタッフで欧米企業向けに書いたものに、東京オフィスの製造業チームのスタッフが、大幅に加筆したものとのことである。

 先進国の製造業は、現在の世界不況が回復したとしても、中国を初めとする新興国メーカの大量参入により、新たな課題、構造的問題に直面するという。先進国の市場は、ウオルマートのような大手小売が低価格戦略で市場を押さえており、この流通業に採用されれば、新興国製造業は独力で販路を開拓する必要はない。このように新興国の製造業は、組み立て、加工などのオペレーションのみに参加することにより、連携することにより全体のバリュチェーンを作ることができるようになってきた。さらにデジタル化が進展した業界においては、基幹部品を外部から調達することも容易であり、組み立て機能をコスト効率よく担当できれば、容易に参入できる。
 このような背景で、グローバル製造業においては過当競争が起きており、先進国の製造業は構造的課題に直面しているという。
欧米の製造業は、不得意分野からの撤退、アウトソーシングという「戦略」に逃げ込んでおり、これの克服のため「ものづくり」力を強化すべしと説き、それに対して日本の製造業は、低収益のままの「ものづくり」に逃げ込んでおり、これを克服するため事業撤退、製品絞込みの「戦略」を強化すべしと説く。それぞれの製造業を取り巻く環境や制度を考慮した構造的なアプローチを行っており、今後の産業構造を考えるのにも参考になる。






以下具体的に、欧米の製造業が現在の状態となった背景、日本の製造業が現在の状態となった背景について述べている。
1.欧米の製造業の課題と処方箋
(1)現状の課題
  -不得意分野からの撤退、アウトソーシングという
        「戦略」に逃げ込む欧米企業-
欧米メーカは、過当競争が定着している「製造」事業を展開することは得策でないと考え、優位性のない製造機能をアウトソーシングしようとしてきた。生産管理に強固なノウハウを持っておらず、ノウハウ流出の懸念もあまりないため、社外への生産委託の判断に傾きやすい。また、製造ラインに良質な人材を確保できず、高いモラルを期待できなかったという背景もあり、製造で競争優位を獲得するという考えはもってこなかった。したがって、不得意な分野を克服すると努力をするつまり自社工場でコストダウンに努めるよりは、複数の製造委託企業に競わせてコストダウンを実現しようと考えてきた傾向が強い。

 (2)弱体化した理由
  欧米の多くの企業はリーン生産方式取り入れようとしたが、
 どれも失敗し、「製造」という業務の価値にさえ疑問を持つ
 ようになった。さらに企業の業績を測定する指標としての
 経済付加価値(EVA)指数の流行、採用がその考えを
 さらに後押しした。EVAでは、生産背設備は資本コスト
 を大きくするものであり、極力小さくするのがよいとされ、
 その結果、かなりの数の企業が工場に投資すること自体に
 難色を示すようになってしまった。
  さらに新興国の経済成長により様々な原料が不足し、
 原材料価格は値上げ圧力にさらされ製品価格は過当競争に
 より値下げ圧力にさらされるという両側のプレッシャに挟
 まれ、製造ビジネスの魅力をますます低下させてしまった。
 利益が出ないので、賃金も上げることもできず、よい人材
 を採用できず、熟練工からの技術伝承も行えなくなっている。
  短期的利益を重視した経営を行う場合、高利益率の既存顧
 客を重視した戦略を取ることとなり、成長する新興市場の
 顧客は軽視しがちとなる。

  欧米の製造業もようやく生産する地域が問題ではなく、技能
 と意欲のある人材を育てることが唯一かつ最大の競争力になる
 ことに気づき始めた。
 「いかに組合を封じ込めるかではなく、重要なのは、会社の
 明暗を決める労働力の意欲を如何に支援するか」であると。
 (3)欧米製造業への処方箋
  ①     プロセスイノベーーションへの投資
生産技術の重要性を理解し、全社のプロセス改善をで
きる組織を立ち上げ、産業機械メーカに丸なげしてい
た生産技術の改良を自社に取り戻すべき。
     製造ネットワークの充実
原材料や部品サプライヤーとの関係も「価格ベースで
の調達」から「知識ベースでの調達」へ転換すること
が重要。
     製造施設内の改革
企業カルチャに結びつけたリーン生産方式を定着させ
ることが必要。リーン生産方式の導入により、製品投
入への信頼性と製品配送期日の信頼性を工場させるこ
とができる。不完全なリーン生産方式の改革では、
標準化の重要性が無視されている。
     労働者の近代化
欧米の労働者のうち、会社の業績に連動して報酬を受
け取っているのは全従業員のわずか20%で75%以上
の従業員は、厳しい給与制度の下、敷くない基本給を補
うために残業の機会を意図的に作っていてほしい。


2.日本の製造業の課題と処方箋


  (1)現状の課題
.  -低収益のままの「ものづくり」に逃げ込む日本の製造業-
日本の製造業は、売上が伸びず利益も低迷するとその事業
から撤退するのではなく、より売上が伸びそうな新製品分野
に参入し、国内市場の停滞に対しては海外市場へ参入するこ
とで全体としての成長を継続させようとしてきた。
「ものづくり」の実質的な意味は、生産現場主導のボトム
アップ思考にあるといえる。
現場の職人の知恵に基づく改善活動こそが、地道なコスト
ダウン、製品改良、品質の向上の原動力であった。この改善
活動の積み重ねが、度重なる不況を乗り越え、低収益に耐え
うるうえで大きな力となってきた。
 これを具体的に示すのが、以下の数値である。
1960年当時は、営業利益率が平均で10%を超えていた
が2000年には4%を下回るところまできている。
事業構造の転換についても、以下の数値がよく表している。
GEは、エネルギーインフラ、航空、ヘルスケア・テクノロ
ジーインフラという事業セグメントを大きく伸ばし、
2000年で売上構成比51%であったものを75%まで
事業構造の転換を図っている。シーメンスについても同様に
2000年に存在していた事業の42%を売却し、インダス
トリー、エネルギー、医療の分野に事業を集中させそれらの
比率を90%とするという事業構造の展開を図っている。
これらに対し、日立は2000年から2009年でほぼ事業
の構成を変化させていない。

 (2)戦略的経営行わなかった理由
 日本の製造業は、短期的な利益を犠牲にしても、売上・
シエア拡大を重視してきたといわれている。
それは、長期的には利益確保に繋がったという合理的な理
由が存在した。つまり、累積生産量が二倍になれば生産
コストがX%低下する経験曲線効果が存在した。しかしポ
イントは規模の経済が効いたという単純なことではなく、
1960年代の製造においては、生産における不良品の
比率が多く、これを減らすことが生産コストのい低減につ
ながりやすいという技術的理由もあった。
累積生産量の多さ⇒生産不良率の低さ⇒生産コストの低さ
という因果関係が作用していたのである。
それに対し、現在は、生産不良の問題はほぼ解決済みで
あり、いわば経験効果のカーブをくだりきった状態とな
っている。
さらに最近では技術の世代交代も起きてきており、第一
世代の技術で経験効果を蓄積した工場よりも、第二世代
技術を採用した、累積生産量が少ない工場の方が低コス
トという逆の原理が働き始めてもいる。
 市場が黎明期にある場合は(生産初期の不良率の差が
大きいために経験効果が効くことと、市場がまだ成長す
るためには)、売上・シエア第一主義は機能するが、
成熟した市場においては利益低下という副作用のみを
もたらす。
 製品開発が比較的容易に行えるようになったことも
あり、コストをあまりかけずに、顧客ニーズの多様化
に対処するため品目数は増すことができた。
 つまり「選択と集中」の必要性があまりなかった。
そのため、低コスト、高品質を武器に米国への輸出で
地歩を築くことに成功し、欧州、アジア、新興国へと
次々に海外市場を拡張し続けた。
これにより売上もシエアも利益も増えていったので
ある。しかしながらコスト構造的には、トヨタに代表
されるように変動費(原材料費)のコスト管理は厳し
いが、固定費についてはあまり厳しい管理を行ってこ
なかった。2000年以降の世界需要の大幅な伸びを
期待し、巨大な生産設備の投資を行ったこともあり、
損益分岐点は非常に高くなっていた。
さらに、株式よりも銀行融資が主流であった日本では、
株価を気にする必要はなく、黒字であれば問題ないと
されていた。株価低迷によって買収されるリスクも日
本ではまだ高くない。

日本の製造業が戦略をあまり意識せず事業展開した背景
をまとめると以下のとおりとなる。
 ①     売上・シエア第一主義、
 ②事業・製品拡張主義、
 ③海外市場拡張主義
という「右肩上がり」の志向が強く、そのために利益
には目をつぶることになるが、
それを容認してきたのが
 ④非効率な資本市場であった。
「右肩上がり」の成長は「結果オーライ」を生みやすい
ため、
 ⑤意思決定の先送りが奏功することが多く、
トップダウンの「戦略」がなくても
 ⑥する合わせ能力の高さと
 ⑦ものづくり信仰によって、ボトムアップの工夫で
競争をしのぐことができた。

(3)日本の製造業への処方箋
     製品レベルでの「間引き」
 製品数を増すことによって「複雑性のコスト」は累
積的に上昇する。この「複雑性のコスト」を「見える
化」して、どの製品を「間引き」することでトータル
のコスト構造が改善するかを理解することが必要で
ある。
     事業レベルでの間引き
 不採算事業からの撤退が必要であるが、施設閉鎖・
従業員解雇だけでなく事業売却という手段もある。
     製造機能のアウトソーシング
 新興国のメーカと競争しながら、巨大な新興市場で
 勝ち残ろうとするなら、「意図的に」品質を下げて
 価格を下げるという方針も必要になる。
 自社および完全子会社で内製化すべき分野、提携先
 や合弁企業に委託すべき事業モデル、外部サプライ
 ヤーから調達すべき分野に切り分けて事業モデルを
 見直す必要がある。
④儲かる製品分野にシフトする。
 長期的に儲かる製品分野、すなわち参入障壁の高い分
 野を見極めてシフトする。自動車は今まで高度なする
 あわせを必要とする製品であったが、電池とモータで
 制御できる電機自動車になるとすり合わせの必要な領
 域が狭まってしまうため、新興国メーカでも参入しや
 すくなってしまう。
製造機能以外で収益力を強化する。
 プリンター本体は破格の安値でもインクやトナーに参
 入障壁があるならばインクの側で儲かればよい。
 インクの販売量は、今年の販売台数ではなく設置台数
 によって決まるので、新規参入メーカは先発メーカに
 追いつくのは簡単でない。
 産業機械などの生産財の場合は、機会を作って売るだ
 けでなく、保守でもうけるビジネスモデルもあれば、
 中古でもうけることも、リースやレンタルでもうける
 ことも可能である。

欧米の製造業、日本の製造業の現状の課題と処方製について整理した。
中身的には特に新しいことはないともいえるが、各国の製造業が現状に
至った背景や環境、それとグローバルの展開の中の必要な戦略をうまく
まとめているところがこの本の特徴と思われる。
特に企業行動を、環境の中での合理的行動と位置づけ、構造的に分析
しているところがよい。