2009年12月9日水曜日

デジタルビジネスデザイン戦略

デジタルビジネスデザイン戦略-最強の「バリュー・プロポジション」実現のために(スライウォツキー)を読み直す。この本は2000年に米国で出版された本で、ITを経営戦略にどう活かすかについいて体系的に書いた数少ない本である。スライォツキーは、「The Profit Zone」で有名で、「Industry Week」誌において、ポーター、ドラッカー等ビジネス戦略に関する世界六賢人に選ばれるほどの著名な経営戦略家である。利益を拡大するための経営戦略であるProfit ZoneをIT(デジタル)でどう実現するかを経営戦略家の視点で書いている。この10年で、ITは進歩し、IT活用領域も多様化したが、この本に書いている考え方は今でも十分通用するし、頭を整理するのに大変役立つ。

デジタルビジネスデザインは、以下のことを可能とする。その具体的事例としてデル、セメックス、チャールズ・シュワブ、シスコシステムズ、GE、IBMを取り上げ、分析している。
 ① 事業の意思決定の根拠を「予測」から「認識」へ
 ② 顧客に対するバリュー・プロポジションを(大小の)「不適合」から
  「最適」へ
 ③ 社内の情報の流れを「ラグタイム(遅延)」から「リアルタイム
   (同時)」へ
 ④ 顧客サービスのモデルを、「供給者によるサービス」から
  「顧客のセルフサービス」へ
 ⑤ 従業員の時間の使い方を「付加価値の低い仕事」から「能力の
   最大活用」へ
 ⑥ さまざまなプロセスの重点を「ミスの処理」から「ミスの予防」へ
 ⑦ 生産性の成長パターンを「10%増のノルマ」から「生産性10倍
   増」へ
 ⑧ 組織を、「独立したバラバラな活動の寄せ集め」から、情報、
   考え方、解決法を共有する「統合されたシステム」へ

以下に内容の要約を書いていく。
デジタルビジネスデザイン(DBD)を以下のように定義している。
デジタル技術を用いて企業の戦略の選択肢を拡大させるある種のアートでありサイエンスである。デジタル技術を用いて、顧客の要求を満たしたり、ユニークなバリュー・プロポジションを生み出したり、人材を活用したり、生産性を抜本的に向上させたり、利益を拡大させることを目指す。優位を作り出すだけでなく「ユニーク」なビジネス・モデルをつくり上げることでもある。
ビジネスデザインは以下の八つの主要次元で行う必要があり、デジタル化によりそれらの諸元の中身をどう変革できるかがポイントである。
 ① 顧客選択 :どういった顧客を対象にサービスを提供すべきか。
 ② 顧客に対するユニークなバリュー・プロポジション
   ・なぜ顧客は自社の製品を買ってくれるのか。
 ③ 社員に対するユニークなバリュー・プロポジション
   ・なぜ彼らは自社で働いているのか。
 ④ 価値の獲得/利益モデル
   ・どのようにして収益を上げるのか。
 ⑤ 戦略的コントロール/差別化
   ・どのようにして利益と顧客関係を守るのか。
 ⑥ 事業領域
   ・付加価値をつけるために何をすべきか。
 ⑦ 組織のシステム
   ・どのような組織の構造と企業文化を作り出すか。
 ⑧ ビット・エンジン
   ・システム内の情報をどう管理し、配布するか。
デジタルビジネスデザインは、それぞれの諸元以下を可能とする。
 ① 新たな顧客創出
  地理的に離れた、あるいは、これまでとは規模もタイプも異な
  る新たな顧客に訴求することを可能とする。
 ② 顧客に対する新たなバリュー・プロポジション
  より効率的な市場を新たに生み出したり、より広い製品やサー
  ビスを提供したり、顧客の問題を解決する際の精度やタイミン
  グを向上させることを可能とする。
 ③ 社員に対する新たなバリュー・プロポジション
  社員が行わなければならない低価値な仕事の量を減らし、
  創造的な問題解決、関係の構築、自分の技能や知識の向上
  に専念することを可能とする。
 ④ 新たな利益モデル
  新しい収入や収益性の源泉を生み出す。
 ⑤ 新たな形の戦略的コントロール
  顧客と供給者のネットワークの構築を促進し、関係を幅広く奥深い
  ものにし、顧客を引き付け保持するのに役立つ規模の経済、事業
  領域、反復」を新たに生み出す。
 インターネットの普及で、顧客は自分たちが求めるものを正確に伝えられるようになり、供給者は求められる製品やサービスを不適合や遅延なく提供できるようになる。
 この移行を引き起こしているイノベーションが「チョイスボード」であり、デジタルビジネスデザインのキーアプリケーションの一つである。「チョイスボード」は、個々の顧客が、特性、構成要素、価格、受け渡し方法などをメニューから選び、自分の購入するサービスをデザインできる双方向型オンラインシステムで、顧客の選択は供給者の製造システムに送られ、部品調達、組み立て、出荷という活動が開始されるようなシステムの総称である。
この「チョイスボード」を活用することにより、販売をダイレクト化するだけでなく、以下のビジネス効果が期待できる。
 ① 顧客のセルフセグメンテーションを可能とする。
 ② アップセル(上位製品の販売)、クロスセル(関連商品の販売)、
   リピートビジネス(反復取引)を促す。
 ③ 実際の顧客需要についてタイムリーで正確なデータが自動で
   入手できる。
 ④ 顧客の価値を犠牲にせず、メーカやサプライヤーのコストを削減
  する。
 デジタルビジネスデザイン成功例で特に参考になるものを、5つの諸元で整理しながら見て行くこととする。
(1) デルコンピュータ
  デルコンピュータは、エンドユーザの要求におうじてデザイン、カスタマイズされたPCを直販するメーカ(ダイレクトモデル)である。世界発のチョイスボードの一つである「オンライン・コンフィギュレータ」の果たす役割は大きい。このオンライン・コンフィギュレータに以下のメリットをもたらす。
 ① 顧客
  ・カスタマイゼーション:自分にあった組み合わせを選択できる。
  ・迅速なフィードバック:それぞれの選択に関する正確な費用が
   即座に分かる。
 ②自社への直接的な効果
  ・ 完璧な正確さと速度:注文の処理に遅延がなく、ミスや誤情報が
   生じる余地がない。
  ・ 売上の増加:付属品やオプションを購入しやすくなる。
  ・ 顧客情報の獲得:顧客の嗜好や購買履歴を瞬時に記録でき、
   購買パターンをリアルタイムに把握できる。 
デルはフロントだけでなく、全体として以下の特徴を持つシステムを
構築している。
  ・ 部品の徹底的な削減
  ・ 情報のデジタル化
   注文の詳細と仕様はすべてオンラインでデジタル化
   ・デジタル化された供給ネットワーク
   小規模サプライヤーとネットワーク化し、変化する注文パターンや
   部品のニーズに関するあらゆる情報を常に共有。
  ・ プロセスの簡素化:パソコン組み立て工程を半分にした。
デジタルビジネスデザインの8つの諸元でデジタル化によって実現できるものを以下のように整理できる。
 ① 顧客選択 
  得になしとなっているが、インターネット活用したダイレクト販売に
  より顧客が大幅に増加したと思われるが。
 ② 顧客に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ チョイスボード/カスタマイゼーション
  ・ 使用法に関する情報提供
  ・ 迅速性、柔軟性、適正価格
  ・ セルフサービス(注文状況の確認、デザイン)
 ③ 社員に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ デジタル化された教育
  ・ ボタン操作による容易な情報入手
 ④ 価値の獲得/利益モデル
  ・ 値下げは行わない
  ・ クロスセル、アップセル
  ・ デジタル化による生産性
 ⑤ 戦略的コントロール/差別化
  ・ チョイスボードの進化
  ・ 供給ネットワークにおけるコストと応答力の優位性
  ・ リアルタイムな市場の把握
 ⑥ 事業領域
  ・ オンラインストア「ギガバイズ」での周辺装置やオプションの
   販売
 ⑦ ビット・エンジン
  ・ チョイスボードによる注文システム
  ・ 顧客やサプライチェーンとの電子的なつながり。
(2)セメックス
 セメックスは、メキシコを本拠として、現在30カ国でセメントを製造販売している売上48億ドルを超える世界第三位のセメント製造会社である。セメント業界のお客は、住宅やオフィス、道路を構築するお客は建設業者であり、注文の変更が頻繁であったり、指定された納品時間への要求が強かったりで、大変難しい。セメックスは、建設現場からの需要、運搬ルート、生産状況等を統合的に管理し、リアルタイムに予測、計画、観測、反応、調整ができるデジタルシステムを開発した。
 ① 顧客選択 
   得になし。
 ② 顧客に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ 信頼できる定刻の納入
  ・ 急な注文にも対応
 ③ 社員に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ 24時間ごとに配信される的確な情報
 ④ 価値の獲得/利益モデル
  ・ 最小限のコスト、最小限の在庫
 ⑤ 戦略的コントロール/差別化
  ・ ユニークなシステム
  ・ 地域の需要パターンのユニークな認識
 ⑥ 事業領域
  ・ 信頼性と効率性を保証する物流管理
  ・ 高度に情報化されたビット工場
 ⑦ ビット・エンジン
  ・ ネットワークと連結すたGPS搭載のトラックによる最適化
   された配送システム
(3)チャールズ・シュワブ
  シャウブは、証券会社でありハイブリッドなチャネルで顧客からの注文を受けつけている。取引の54%がオンラインで、15%は電話、5%は支店、残りの20数%がファイナンシャルプランナーによるものとなっている。シャウブは、投資プロセスのあらゆる段階で投資家を支援する多様な情報やツールを「マイシャウブ」というサービスで提供している。
 ① 顧客選択 :得になし。
 ② 顧客に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ チャネルの選択
  ・ 投資判断に必要な情報ツールの提供
 ③ 社員に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ ラーニング、イントラネット
 ④ 価値の獲得/利益モデル
  ・ 生産性の急激な向上
 ⑤ 戦略的コントロール/差別化
  ・ オフラインとオンライン双方における協力で信頼されるブランド
  ・ 強力な支店の存在、強力なオンラインの存在
 ⑥ 事業領域
  ・ハイブリッドモデル(支店、電話、郵便、オンライン)
 ⑦ ビット・エンジン
  ・ あらゆるサービス段階おける、統合されたリアルタイムの口座
   情報
  ・ チョイスボード
  ・ オンライン取引
  ・ 比較分析ツール
(4)シスコシステムズ
  シスコシステムズは、ルータ等の通信機器を製造販売する企業で1985年にスタンフォード大学の大学院生によって設立され、年間40%の成長を達成してきている企業である。シスコは、顧客や取引先とイントラネットを介して情報を共有する仕掛けを構築した。
 ①顧客選択 
  得になし。
 ②顧客に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ コンフィギュレータで可能となったシステム
 ③ 社員に対するユニークなバリュー・プロポジション
  ・ オンラインによる顧客サービス
   (付加価値のある仕事の時間を生み出す)
  ・ デジタル化された人材採用
  ・ デジタル化された教育
  ・ リアルタイムな情報の利用
 ④ 価値の獲得/利益モデル
  ・競合企業に対する生産性の優位
 ⑤ 戦略的コントロール/差別化
  特になし。
 ⑥ 事業領域
  ・社内のナレッジマネジメント
 ⑦ ビット・エンジン
  ・チョイスボード
  ・社内ERP(オラクル
  ・顧客およびサプライチェーンとの電子的つながり
  ・ ソフトウエア配布のデジタル化
  ・ 遠隔診断
  ・ よくある質問のデータベース

ITを経営戦略に活用するということで5つの諸元等体系的に整理できているが、実際のお客様でのプロジェクトでは、経営戦略とITの間がうまく連結できないことが多い。経営戦略で他社と差別化する領域は経営戦略から導出するが、その領域でどのようにITを活用するかを検討するにはその領域でもっともわずらわしい仕事をどうIT化するかを考えたほうが生産的かもしれない。そのIT化のキラーアプリケーションは、以下のものが有力である。 
◆「チョイスボードの活用」
  ⇒{ダイレクトチャネル、ハイブリッドチャネル}        
◆「取引先等のNW化による活動の同期化」
  ⇒{スループットバリューチェ-ン、グローバルサプライチェーン}
◆「取引に付随して自然に蓄積される情報の活用」
  ⇒{ビジネスインテリジエンス、FAQナレッジ}

  

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