2009年12月6日日曜日

組織は合理的に失敗する。

 『組織は合理的に失敗する。』-日本陸軍に学ぶ不条理のメカニズム-
を読む。
限定合理的な個々人が利己的に行動すると、組織としては(不合理的な行動となり)失敗するということを、経済学の新しい組織論のエッセンスを活用し述べた書籍である。
経済学の新しい組織論である
 ①取引コスト論
 ②プリンシパル・エージエンシー理論
 ③所有権理論
を活用し、
 ◆日本陸軍のガダルカナル作戦の失敗、
 ◆インパール作戦の失敗、
 ◆今村均のジャワ軍政の成功
を分析している。
経済学の理論の結論のみを、無理やり当てはめている感じもしないわけではないが、理論的に組織を分析する方法を分かりやすく整理している。
それぞれの理論の内容は、「Firms、Contracts、and Financial Structure」(HART)に詳しいが、この領域での理論は、この領域で貢献したOliver Williamsonが受賞したことからもわかるように、現在でもホットな領域である。


以下にこの書籍に内容を要約する。
1.組織の新しい考え方
 (1)取引コストアプローチ
  すべての人間は限定合理的であり、相手の不備に付け込んで悪徳的に自己的利益を追求する機会主義的傾向がある。これを防ぐために弁護士などを介在させ、契約を締結しそいて契約締結後も契約履行を監視する必要がある。このように取引が完了するまでに様々なコストがかかる。これを「取引コスト」という。資源をできるだけ効率的に利用するため、「取引コスト」を節約し、悪しき機会主義的行動の出現を抑止する何らかのルール、法律、慣習などの制度を作り出すこととなる。最終的には駆け引きのない知り合い同士だけで取引される制度が形成される。この制度の一つの型が組織である。
 たとえば組み立てメーカと部品メーカとにおいて、相互に取引状況が不確実で相手の行動をよく理解できず、しかも相互に依存するような特殊資産を保有している場合がある。、互いに駆け引きが起こり、最悪の場合は取引が決裂することもある。この場合、この2社間では、取引コストがあまりにも高い。その取引コストを節約するために組み立てメーカと部品供給メーカが垂直的に統合することが合理的となる。このように市場取引では、取引コストがあまりにも高いので、取引コストを
削減するため、取引を組織内化する考えを「取引コストアプローチ」という。
(2)エージェンシーアプローチ
 すべての人間関係を、依頼人であるプリンシパルと代理人であるエージエントからなるエージエンシー関係、代理人関係として分析する。このようなエージエンシー関係では、プリンシパルとエージエントはお互い効用を最大化しようとするが、両者の利害は必ずしも一致しない。もっている情報も異なっている(情報の非対称性)ことが前提とされることが多い。
 エージエントは、プリンシパルとの契約を破り、隠れて手を抜き、サボるというモラルハザードもおこす。よきエージエントが、事前に隠れた情報をもつ悪いエージエントに駆逐されるアドバースセレクション現象も発生する。この非効率を反映して発生するコストがエージエンシーコストである。
 このようなエージエンシーコストを削減するため、エージエントの非倫理的で非効率的な行動を抑止する様々な規制、ルール、そして組織制度が形成される。このようにプリンシパル-エージエントの情報非対象性、利益不一致(相反)を分析するのが、エージエンシーアプローチである。
(3)所有権アプローチ
 財の所有関係の不明確さがもたらす資源の非効率的な利用を解決する方法として様々な制度や組織が検討される。分かりやすいところでは、公害等の外部不経済がある。
 人間は限定合理的なので、財の持つ多様な特質を認識できず、その特質をめぐる所有権をだれかに明確に帰属させることもできない。個人ではなく、組織や集団に帰属させることにより解決する
ことを考える。例えば、個々人が別々で働くより共に働いたほうが生産性が高く、しかも個々人の貢献度を分離して測定することが難しいようなチームを考えると、それぞれのメンバーは、貢献度を正確に測定できないので、各メンバーが怠けるインセンティブを持つ。これは各メンバー個人としては合理的である。このようなメンバーの非効率的な行動を抑えるために、メンバーの行動を監視する監視役が必要となる。さらにこの監視役を怠けないように監視する人が必要となる。またこの監視役を・・・・となる。このような複雑なことをせずに、監視役に残余利益を得る権利つまり「所有権」を与えれば、監視役は怠けるインセイティブはなくなる。このように所有権(残余請求権、メンバーとの契約を改定する権利、これらの権利自体を売る権利等)を集団の個人等に与えることにより集団を効率的にマネジメントができるようになる。このように所有権に注目するアプローチが「所有権アプローチ」である。
2.不条理な組織行動の説明
 (1)取引コストアプローチ
  ある企業が、多額の投資を行い、行動を始めた。途中でより効率的な投資が見つかっても、
取引コストが発生するので、容易に変更できない。具体的には、これまで作り上げてきた人間関係を断ち切る必要があり、これまで投資してきた資金もサンクコストになる。サンクコストを考慮することは個人的にも合理的ではないが、感情としては考慮してしまう。さらに、新しい投資を行うためには、新しい人々との間に新しい人間関係を形成する必要もある。これら一連の取引コストのために、企業はたとえ現在の経営戦略が非効率で不正であったとしても、現状のままでいるほうが合理的と思えるような不条理な世界に導かれる。これが取引コストアプローチによる、組織が不条理の行動をとってしまう理由である。この取引コストアプローチによる組織の不条理の例として、ガダルカナル戦での白兵突撃の例を分析している。

 日本陸軍は、白兵突撃に長い年月と多大にコストを掛けて訓練してきており、白兵突撃戦術を放棄した場合、これまで投資した巨額の資金が回収できない(サンクコスト)こととその変更に反発する多くの利害関係者を説得するために多大なコストがかかるとの理由で、日本軍は、ガダルカナル戦で3回にもわたって白兵突撃を繰り返し、全滅した。
 他の身近なところでは、ワンマンの社長の体制では、社員や取締役は社長の掲げる基本戦略や方針が間違ったものであっても、社員や取締役の意見を伝えるには様々な交渉取引プロセスが必要となり、取引コストが高いので、その基本戦略や方針がそのまま実行されてしまうというようなことがよく起こっている。また取締役も社長を解任したりするプロセスと手続きを必要とし取引コストが高いので、ワンマン社長の暴走を食い止められないことも起きている。
(2)エージエンシーアプローチ
 利害が不一致で情報が非対称的な状況では、エージエントはプリンシパルに隠れて手を抜き、裏切り、そしてさぼる方が合理的となる。このアプローチの例として、一部の軍が暴走したインパール作戦を上げている。日本軍のインパール作戦では、プリンシパルである大本営とエージエントである牟田口司令官との間には利害の不一致があり、情報の非対称性も成り立っていた。この不正なモラル・ハザードを阻止するために大本営が出した命令は、作戦実行でも中止でもない「作戦実地準備命令」というあいまいな命令であった。これによりこの作戦に反対する人々は去り、政治的野心のある無謀な作戦を実行しようとする人々だけが舞台に登場するアドバースセレクションがおき、結果的に成功する見込みのない非効率的な作戦が合理的に実行されて行った。
また最近よくある話では、不況に悩む企業が、人件費抑制のため全社員を対象に一律賃金カットをするワークシエリングを行ったときに、能力のない社員は高い給与が保証されていると考えるのでこの企業に居残ろうと考えるが、能力ある社員は賃金が低く見えるので、会社をやめ、他の企業に移ることが合理的となる。この企業には能力のない社員だけが残るという不条理の例などがある。
(3)所有権アプローチ
 ある軍隊が、他国を占領し、その住民や兵士を捕虜にしたときに、人間が完全に合理的ならば、捕虜や住民がどのような能力を持っているかを把握し、奴隷のように利用することが一番効率的である。しかし人間は限定合理的なので、捕虜や住民の能力を完全に把握できない。それを回避するために、逆に捕虜に労働の所有権の一部を帰属させること、たとえば生産物の一部や金銭を捕虜に与え、彼ら自身のインセンティブを引き出すような管理方法が効果的となる。このような方法を実行して見せたのが、今村均のジャワ軍政である。このジャワ軍政は、住民との関係の良好で現在でも参考になる統治方法であるとのことである。
 これの裏返しのところもあるが、最近の不祥事の組織的隠蔽の理由が以下の例で分かりやすい。連帯責任制度の下でメンバーが自らの失敗を合法的にあるいは良心に従って公表すれば、組織全員に迷惑がかかることとなり、組織にとってのコストは最大となる。これに対して、違法であれ不正であれ、世間の人々の不備に付け込んで失敗を隠蔽できれば、組織にとってのコストは最小となる。当該のメンバーにとってたとえ不正で非効率的であろうと、失敗を隠し続けたほうが合理的となる不条理に導かれるのである。不祥事の組織的隠蔽は、このようなメカニズムが働いたものと
思われる。
 日本軍の失敗等への適用は少し視点が一元的な感じもするが、個人の思いや行動がどのような組織行動になるのかを分析するツールとして分かりやすく整理できていると思う。






 

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