法人向けの営業は、実際に経験した者でないと、実感として理解できないと思う。自分自身はここ数年、直接お客様へ営業をする機会が少なくなっていたが、以前の経験を思い出しポイントを整理するとともに、IT業界における営業のありかたを考えるために「大型商談を成功に導く「SPIN」営業術」を読む。35000件を超える商談の分析にもとづいているというだけあり、特定の成功体験に基づくノウハウ本ではなく、小型商談と大型商談の特徴を踏まえた法人営業のあり方を考えるのに示唆に富む本だと思う。まず大型商談(IT、設備機器の商談等)と小型商談(事務用品の商談等)の違いを以下のように整理し、小型商談の成功ノウハウが大型商談においては、障害となることがあると説く。
自分自身の経験でそうだと思うことが、多数の商談の調査・分析によって明確にされており、小気味よささえ感じるところがある。
<顧客>◇大型:既に取引がある。⇔小型:一度だけの取引
<購買リスク>◇大型:組織全体に影響⇔小型:個人的リスク
<意志決定>◇大型:複数ステイクホルダ⇔小型:購買者個人
<時間>◇大型:3ヶ月以上⇔小型:即決または数回
1.商談の四段階
商談を以下の四段階に分けて、小型商談、大型商談それぞれにおける成功ポイントを整理していく。
(1)予備段階
自己紹介や話の切り出しの段階である。
(2)調査段階
見込み客のニーズを探るための段階である。大型商談では
特に重要。この段階の質問を、
S(Situation question)、
P(Problem question)、
I(Implication question)、
N(Need-payoff question)
に整理している。
この本のエッセンスはここにあるので、詳細は後述する。
(3)解決能力を示す段階
見込み客に提案している商品は買うに値するものだと必要が
ある。そのために提案している商品が、見込み客の問題解決
に大きく貢献できることを示す段階である。
(4)約束を取り付ける段階
小型商談では商品の購入であり、大型商談では受注に至るま
での数々の約束を取り付ける段階である。
大型商談では、上記の段階においても時間がかかり、それぞれの段階で、何ができれば成功なのか、失敗なのかを明確にする必要があり、以下の定義を行っている。
成功は「受注」、「進展」の場合のみであり、「継続」は失敗と定義つける。「進展」は、「さらに上位の意志決定者と会える」や「デモ参加、トライアル」等商談を前進させるアクションを含んでいる。それに対し、「継続」は、「なかなかよかったです。必要があればまた連絡します。」等商談は続くものの、前進させるような約束はなかった」場合と定義している。自分自身が実際営業していた時には「継続」でも成功と認識していた甘さがあったように思う。
また、商談の目標を設定すること、さらにその目標が達成できたかどうかのチエックをすることの重要性を説いている。これも言うは安しだが、実行はなかなか難しい。しかし成否を分けるポイントである。大型商談の場合、見込み客のニーズをつかむといっても以下のような特徴があり、なかなか難しい。
◇ニーズが育つのに時間がかかる。
◇複数の意見や考え、影響がニーズに影響してくる。
◇ニーズは理性的に判断される。
◇購買した商品がなんらか問題ある場合、その決定をした人物
の責任問題になる可能性が高い。
さらに見込み客のニーズを以下のように「潜在ニーズ」と「顕在ニーズ」に分ける。
□潜在ニーズ:見込み客が口にした問題や不満のことで
「現行のシステムはスループットが悪い」、「今のスピードに満足
していない」等
□顕在ニーズ:見込み客が口にした欲求や欲望のことで
「もっとスピードの速いシステムが必要だ」「バックアップ機能が
ほしい」等
実際の事例を分析することにより、以下の結論を導く。
小型商談では潜在ニーズを多く見つければ、商談成立の確率が高まる。それに対して、大型商談では、どれだけ多くの潜在ニーズを見つけるかは、商談の成否にはそれほど影響せず、大型商談で必要なのは、ニーズを発見したあとにそれをどう料理するかがポイントと説く。成功のカギは、潜在ニーズをどう育て、どのような質問の仕方をすることで潜在ニーズを顕在ニーズに変えていけるかである。
2.潜在ニーズを探る質問方法
質問には、以下の二つのタイプがある。
①「発見のための質問」:見込み客から問題点、つまり潜在ニーズを聞き出す。
②「発展のための質問」:潜在ニーズを顕在ニーズへ発展させる。
(1)状況質問(Situation question)
見込み客の現状に関する事実を見つけ出す質問で、具体的には
「今はどんな設備をお使いですか」、「これを使い始めて何年ですか」「購買決定プロセスはど
うなっていますか」等であるが、調査によると、大型商談では失敗例で多く聞かれることや経験
の浅いセールスパーソンが多用するようだ。またこれを連発すると、見込み客は、商談に飽き
てイライラし始める。これも経験済みなのでよく分かる。
(2)問題質問(Problem question)
見込み客の問題点、支障、不満を探り出すもので、見込み客に潜在ニーズを語らせる質問で具体的には
「今の機械は使いにくくないですか」、「品質上の問題はないで
すか」等
であるが、調査によると小型商談での成功例で、多く使われていたことや経験豊富なセールスパーソンほうが使う」傾向が高いとの結果がでている。小型商談では効果絶大だが、大型商談では問題質問は潜在ニーズを浮き彫りにするが、大型商談では、潜在ニーズは成功の指標となっていない。問題質問力を向上させるために、以下を推奨している。
①商談の前に、見込み客が抱えているかも知れず、提案する
商品やサービスで解決可能な潜在的な問題を考えて少なくと
も三つは書き出してみる。
②その仮定した潜在的な問題を浮き彫りにするために、商談で
使う「問題質問」をいくつか書き出してみる。
3.調査段階での進め方-SPINの効用と活用-
大型商談における成否を分けている一番のポイントは、潜在ニーズを顕在ニーズへうまく変えることであるが、しかし「どうやって?」が問題である。この発展させるための質問法が「SPIN」であり、特に問題の深刻さを浮き彫りにする「示唆質問」、解決策や価値を明確化する「解決質問」が重要である。
大型商談では以下のような質問をしていくことが必要である。
《状況質問》
↓
《問題質問(問題点や不満などの質問による潜在ニーズ把握)》
↓
《示唆質問(問題の深刻さを浮き彫り》
↓
《解決質問(解決策の望ましさに関する質問により顕在ニーズ把握
↓
《解決策や解決能力の提案》
示唆質問の目的は、まさに見込み客が大したことはないと思っている問題を、アクションを起こすに足る大きな問題だと認識させることであり、具体的には、以下のような質問をすることである。
「それは生産高にどんな影響を及ぼしていますか」、
「そのせいでコストが高くなっていますか」
「そのことで計画されている事業拡大が遅れませんか」
示唆質問は、調査に「よると、大型商談での成功に大きな関係がある。見込み客が価値を認識できるようにする。「状況質問」や「問題質問」よりも質問しにくい。という特徴を持っている。
押し付けがましくせず問題点が及ぼす影響を一緒にかんがえようとしてくれる人のほうが、お門違いの解決策をせっかちに押し付けてくる人よりも安心され、長く付き合おうと思ってもらえる。
解決質問は、見込み客から提案された解決策の価値や効用に関する質問のことで、具体的には以下のような質問である。
「たとえばどんな利点があるでしょうか」、
「それがどう役に立つでしょうか」、
「この問題を解決することがどうして重要なのですか」等
調査によるとこの「解決質問」は、大型商談での成功に強く結びついている。解決策が見込み客に受け入れられやすくなる。とくに商談の意思決定者に影響力をもつ人物相手に対して効果がある。という特徴を持っている。また解決質問は、見込み客の「内部プレゼン」の練習になる。
4.解決能力を示す段階-「利点」ではなく「利益」を語れ-
解決能力を示す段階で、アピールすべきは「利益」であり、提案している商品の「特徴」や「利点」でないと説く。特に「利益」と「利点」を以下のように定義し、異なる概念であることを示す。
◇利点:製品やサービスがどのように使えるか、どのように見込み
客の役に立つかを説明するもので、具体的には以下のような
質問をすることである。
「ライバル社の機械よりも静かです」、
「自動供給装置で時間が節約できます」、
「コストが低く抑えられるということです」
調査によると、利点の強調は、小型商談では効果的だが、大型商談ではほとんど効果がない。という特徴を持つ。
◇利益:見込み客が口にした「顕在」ニ-ズに製品やサービスが
どのように応えられるかを説明するもので、具体的には以下の
ような質問することである。
「これならお客様の希望速度以上のスピードが可能です」、
「すぐの納品がご希望ですね。在庫はございます」、
「コストダウンをお求めとのことですが、この電力低減型なら
経済的です」
調査によると、セールスの規模にかかわらず、非常に高い効果がある。大型商談ではもっとも威力のある言葉の一つである。
5.反論への正しい対処法-基本は反論を惹起しないことが必要ー
売り手が、以下の行動をとったときに、見込み客のもっとも確率の高い反応は以下のとおりである。
<売り手の行動> <見込み客の反応>
・特徴の説明 ⇒ 価格の心配
・利点の説明 ⇒ 反論
・利益の説明 ⇒ 支持・賛成
つまり、営業マントレーニングでは、特徴や利点をアピールすることを教えており、つまり反論を作り出すことを教えてしまっているということである。さらに不用意に作り出した反論への対処法を教えているということで、マッチポンプのようなものである。
6.クロージング
商談で、受注を獲得するための直前の行動をクロージングするという。クロージングとは、見込み客を何らかの約束をする立場に立たせる売り手の行動のことであり、テクニック的には、見込み客が商品の購入に合意する前から取引が成立したかのように「納入日はいつにしましょうか」等で見込み客にプレッシャーをかける方法等がある。
クロージングは、低額商品では商談の成功率を伸ばす一方、高額商品では成功率をさげてしまう。決めるのが小さいことなら、プレッシャーはプラスに働くが、決めねばならないことが大きくなればなるほど、プレッシャーをかけると否定的な反応になる。
しかし一般的にクロージングテクニックは効果的だと勘違いされている。それは、セールス行動の中で、注文によって直接的な結果が得られる唯一の行動だからである。受注の直前の行動なので、これが受注に効果があったと思ってしまう。
大型商談でクロージングで成功するためには、以下の4つの効果的な行動をとることが必要である。
①「調査段階」と「解決能力を示す段階」に注目する。
②主な懸念事項に対応したかをチエックする。
③「利益」をまとめる。
④次の約束を提案する。
具体的には、「見込み客の上司に会う」、「商品の使用に同意
してもらう」、「調査を引き受ける」等商談を進めるアクション
である。
7.理論を実践に移すコツ
上記のように、大型商談の理論について、整理してきたが、実践
に移して成果をださなければ意味はない。理論を実践に移すコツ
として以下を挙げる。
①練習は「一度に一つ」
②少なくとも3回は試してみる。
③質よりも量
④練習は安全な状況で
そして、最後に、実践で成果を出していくための心構えとして、
以下のような「計画」、「実行」、「見直し」の必要性を説く。
「進展」をどのように獲得するかを考えることが重要であり、「情報の収集」や「関係を絶たない」などと言った「継続」の目標では満足してはいけない。しかし同時に非現実的なほど高い目標はたててはいけない。重要なのは商談を先に進めることである。計画に基づき行動したら以下を考える。
・今回の商談の目標は達成できたか。
・またこの商談ができるとしたら、どこを変えるか。
・この見込み客との先々の商談によい影響を与えるようなことを
何か得たか。
・ほかの見込み客との商談にも役立つことを何か学べたか。
さらに補足の章で、著者は、「数値に表すことができないのなら、その知識は貧弱な、粗末なものである」との認識強くもっていることもあり、 「SPIN」は本当に効くのか。売上向上をもたらすのかについて、いろんな実験で検証しようとしている。
特定の成功体験に基づく営業のノウハウではなく、あくまでも科学的に、実証的にアプローチしようとしている。SPINを中心としてノウハウはもちろん参考になるが、属人性が高く秘伝的ノウハウが多いといわれている法人営業を科学するアプローチ、マインドに新鮮さを感じた。
2010年1月4日月曜日
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