2012年5月4日金曜日

組織認識論

久しぶりにきちっとした本を読んだ。
神戸大学の経営学部 (出身含む) の先生が書かれた本に最近よく
出くわす。
特にモチべーションや個人と組織の関係、ビジネスモデルの領域で
神戸大学経営学の先生方が独創性 ある研究をされているように思う。

今日は加護野忠男教授の『組織認識論』
(企業における創造と革新の研究)を読んだので、それの読書
ノートを書く。1988年に出版された本だが、今読んでも内容
的には全く古くない。
1988年は加護野さんが教授になられた年でもあるようなので、
加護野教授の主要な著作の一つでもあると推察される。




この著作のテーマは以下のように要約できる。
現実の組織を経営する際に行われる決定や判断、経営の実践を
支えている知識の体系を「日常の理論」と定義し、この
「日常の理論」が組織のなかでどのような役割を果たしている
か、それが経営の実践といかに 結びついているか、
「日常の理論」がいかにして変化し発展するのかを 解明する
ことである。

1.組織論に関する他の学説
(1)コンティンジェンシー理論
組織を、物質・エネルギー・情報などの外界からのインプットを、
一定の技術を元に、有用な材あるいはサービスなどのアウトプット
に変換する変換システムと捕らえる。
コンティンジェンシーの理論は以下の特徴を持つ。
①相対主義
環境、技術、規模など、条件が変われば、最適な組織構造は異なる。
②機能主義と客観的な結果の重視
ある組織構造や組織過程がどのような意図で生み出されたかでは
なく、それらが、重要な機能をどの程度果たすことが できるか
という側面を重視。
③全体論的な視点
組織には、個人や集団のレベルには存在しない全体としての組織の
レベルに固有の法則が存在する。
④静学的な比較分析
組織の変動はあくまで諸力の変化に対応した受動的なものと認識し、
環境が変わった場合、どのような組織編制に変わるかを比較する
ことを重視した。
⑤中範囲の理論と実証主義
壮大な一般理論ではなく、中範囲の命題の蓄積によって、より豊
かな理論が築けることを志向した。

(2)ポスト・コンティンジェンシー理論
コンティンジェンシー理論で見過ごされている以下のことを
再発見した。
①組織の慣性力
環境の変化、戦略の変化に対応して変わるはずの組織行動
が変わらずに旧来の行動パターンが継続される。

(3)社会学の観点
○行為は社会的現実を規定する意味から派生する。
○意味は人々によって社会に対して与えられるものである。
○人間行為理解のためには、関与者が行為に対して付与した
意味を理解しなければならない。

(4)心理学の観点
○個人の行動、小集団の鼓動、集団間の行動という重要な
構成要素についての分析を欠いた組織全体になりたつ創発
的な法則は無意味である。

(5)社会学・心理学からの観点の意義と限界
(1)意味の重要性
人々は情報に対して反応するのではなく、情報から引き
出される意味に基づいて 行為し、自らの行為自体に意味
を付与する。
(2)「日常の理論」が学習を通じてあるいは相互作用を
通じて発展
(3)「日常の理論」が人々の間で共有される。
これらの理論の限界は、「日常の理論」つまり人々の体
系化された実践的知識が組織の中で占める本当の重要性
に気付かなかったことである。

2 組織認識論の全体
組織認識論は、組織における人々の知識の利用と獲得の
プロセスに焦点を合わせ、組織現象を照射 する。
①認識の概念
「知識の利用と獲得過程としての認識」と定義する。
②意味の決定
情報の解釈つまり意味決定は、受け取られた情報
(フローの情報) を取捨選択し、それを記憶の中に蓄積
された情報 (ストックの情報) と結びつけることによっ
て行われる。

組織認識論のまとめ
◇人間は、情報ではなく、意味に反応。
◇意味の決定は、取り入れられた情報と記憶の中にある
素材情報を選択的に連結することに よって行われる。
◇人間は外界を理解するためにスキーマをもっている。
スキーマは緩やかに体制化されており、その集合体が
「日常の理論」である。
◇人間の中に蓄積された情報は、連結の素材としての
情報 (素材) とそれを連結するための情報 ( 連結 )
の2種類に分類される。
◇意味決定は、受け取られた除法と記憶された素材情報
と連結情報を元に行われる。スキーマは連結情報である。
◇人間は情報の受動的な受け手ではなく、情報の能動的
な探索者である。情報の探索は、スキーマに よって影響
される。
◇スキーマは情報処理の負荷を軽減する。注意の焦点を
絞り、推論や問題解決を促進する。 社会についての予測
可能性を高めるなどの機能をもつが、他方では、過度の
単純化、新しい情報の取り込みを阻害する等の逆機能を
もつ。
◇社会集団のなかで、スキーマの共有が起こる。
◇社会的な現実は人々の知識を通じて作り出されるが、
人々はそれを、物理的な現象と同じような 客観的現実
とみなす。
◇社会的な現実はひとびとの相互作用によって維持される。
◇ひとびとは、行為を通じて意味を表現するが、行為は
意図された意味の伝達以上の情報を含んでいる。
情報→意味→行為は緩やかに結びついている。
◇人々の問題解決は、コンピュータに見られる形式論理
からは系統的に逸脱する。
人間の問題解決は文脈 と集団の雰囲気に影響される。
個人の中に蓄積された連結情報 (スキーマ) は、変化
に抵抗するという頑強性をもっている。既存のスキーマ
に合致した学習よりも、スキーマの変革を伴うような
学習のほうが難しい。

( 私的コメント )
個々人の認識・意味付与の集合体である組織の認識・
意味付与が、個人から離れて自己増殖し、逆に個人の
認識・意味付与を逆に規定するダイナミズは大変面白い。

3.組織における認識とパラダイム (1)
(1)日常の理論、スキーマ、パラダイムの関係
体系化された実践的知識としての日常の理論は、スキーマ
の集合体。
組織のパラダイムとは、日常の理論の適用を助け、その
発展を促す地の方法としてのメタファーの集合体。
パラダイムは、日常の理論の中に具体化され、日常の理論
によってその妥当性が確証される。日常の理論はパラダ
イムによって正当化され、パラダイムにしたがって発展
する。 パラダイムは、見本例と組み合わされることに
よって、ひとびとの意味の発見と伝達、問題の発見と解決、
新たな日常の累積的な発展を可能とする。
パラダイムは、日常の理論の利用を促進する「知の編成原理」
その発展をもたらす「知の方法」としての性質をもっている。
日常の理論は、パラダイムに従って体制化され、それに基
づいて発展する。

(2)パラダイムと組織の動学
パラダイムは、環境あるいは、条件が変化したにも関わらず、
企業の行動が変わらず、不適応を起こす。これを組織の慣性
とも言われてきた。
パラダイムの頑強性は、以下の理由により現れる。
①情報のフィルター
予見の変化を示唆する情報が無視される。パラダイムと合致
する都合のよい情報だけを取り入れたり、仮に適切な情報が
取り入れられたとしても、そこから適切な意味が引き出され
ない事態が起こる。
②共約不可能性
パラダイムは、不確定な信念である日常の理論を正当化する
という機能を果たしている。 しかし、その機能は、他面では、
既存のパラダイムに対する盲目的な確信を作る出すことがある。
とりわけ、パラダイムがもたらした過去の成功が大きければ大
きいほど、パラダイムに対する確信も強まる。パラダイムを越
えた対話は難しく ( 共約不可能性 ) 、パラダイム間のデータ
による論理的な説得が通用しないということは、政治的プロセ
スが付きまとうことを意味している。
③発展性
パラダイムの頑強さは、パラダイムがもつ発展性それ自体から
生み出される。
既存のパラダイムの枠内 でも、日常の理論は発展しつづける。
パラダイムは問題解決の能力を持ち続けるが、代替パラダイム
の下で得られた解決策よりも劣るがゆえに、問題をもたらし、
問題を大きくしてしまう。
パラダイムの 発展性そのものが、発展性を阻害する。

パラダイムの頑強性がもたらすマイナスの結果は、パラダイム
のプラス機能の裏返しでもある。 情報のフィルターとして組織
が情報過多に陥るのを防ぐというパラダイムの機能が組織を盲目
にし、日常の理論やそれを元に策定される戦略に正当性と納得性
を与えるという機能が盲信という結果を生み出し、日常の理論の
累積的な発展を可能にするという機能が企業の発展を阻害する
のである。とりわけ過去の成功が 大きく、それゆえパラダイム
に対する確信が大きい企業ほど、この傾向は顕著になる。

4.パラダイムの創造
スカイラーク、ファルマ、ワールド、アート引越しセンター
を事例として取り上げ、事業開拓のパラダイム創造の特徴を
述べる。
◇パラダイム創造は、行為→情報→意味のサイクルの反復
からなる連続的なプロセスである。
◇パラダイム創造の過程では、通常は固定しがちなサイ
クルが流動化する。
◇パラダイム創造は非線形的な試行錯誤的過程であり、
そこで行われる能動的な行為が、サイクルの開放化に
貢献する。
◇理論の新しい連結は、通常の連結では解消できない
問題に直面したときに起こる。
◇新しい連結が連続して起こるには、きっかけとなる
連結が存在し、それが他の連結を促進する。
このような 連結をレバレッジ・ポイントという。
◇新しい連結の過程は不安定であり、その状態を
乗り来るには、高度の心理的エネルギーが必要である。

企業家的な創造プロセスは、認識サイクルの流動化
のプロセスであり、それを実現するためには、以下が必要。
①能動的な行為:行為→情報の結びつきを流動化させる。
②テンション:情報→意味の結びつきを流動化させる。

5.パラダイムの革新
パラダイム転換は、以下の理由により困難となる。
①意味の固定化
情報を取り入れるプロセスでのフィルターとこれらの
情報を連結・分離し、意味を引き出すプロセスでの
フィルターの機能が働く。
②内面化
パラダイムが人々の内部に内面化される。
パラダイムは、概念化できない
知識、暗黙知によって支えられている。教育や訓練
だけでは変えることができず、暗黙知の源泉となって
いる日常の仕事や行為そのものの革新が必要。
③代替パラダイムの困難性
リスクへの調整の必要性を説くだけでなく、リスク
への挑戦が実際に成果を生むということを分からせる
具体的な成功例が必要だが、容易ではない。
④共約不可能性
古いパラダイムが通用しなくなったということを人々
に説得するにはデータだけでは不十分である。たとえ
新しいパラダイムが提示されたとしても、
異なったパラダイム間の対話は困難である。
(共約不可能性)
⑤集団圧力
集団の中には、その集団の規範やそれを支える
パラダイムを維持し、そこからの逸脱を抑制しよう
という 圧力が働く。
(6)政治的プロセス
パラダイムは共約不可能性の特徴を持っているので、
どのパラダイムが支配的なものになるかは、組織
内部の政治プロセスに依存している。

6.企業革新の3つのモデルとパラダイム転換
(1)3つのモデル
①戦略的企業革新:トップ主導で意識革新、企業
革新を進めていくモデル。
②進化論モデル :ミドルの双発的な変化を取り
込み、それを累積することにより意識改革と
企業改革を行うモデル。
③組織開発 :チェンジ・エージエントによる
介入を通じて、人々の態度を変容させるモデル

パラダイム展開は、上記の3つでは難しい。
成功事例として、シャープ、住友銀行の事例を
取り上げ、成功モデル を抽出する。
①トップは、新しいパラダイムの創造には、
直接関与しない。
②トップは、その権力を用いて、新しいパラ
ダイムの創造者を発掘・育成し、
その活動を組織内の政治過程から 防衛隔離し、
その活動に正当性を与える役割を果たしている。
③トップは、ミドル・レベルの創造的な活動が、
パラダイム転換を促進する条件づくりも行って
いる。
④実際のパラダイム創造の中心はミドルの管理職
が担っている。

大変長い読書ノートとなってしまったが、かなり
正確にノート化した。
後半の著者独自のモデルに行動経済学等の観点が
取り入れられればと思う。
私自身は、そちらの発展に関して関心を持っている。

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