今回は、中国等の新興国の製造業の追い上げに、欧米の製造業、日本の製造業が如何に対抗して行くかについて書かれた本である。米国の経営戦略コンサルテイングファームであるブーズ・アンド・カンパニーの米国スタッフで欧米企業向けに書いたものに、東京オフィスの製造業チームのスタッフが、大幅に加筆したものとのことである。
先進国の製造業は、現在の世界不況が回復したとしても、中国を初めとする新興国メーカの大量参入により、新たな課題、構造的問題に直面するという。先進国の市場は、ウオルマートのような大手小売が低価格戦略で市場を押さえており、この流通業に採用されれば、新興国製造業は独力で販路を開拓する必要はない。このように新興国の製造業は、組み立て、加工などのオペレーションのみに参加することにより、連携することにより全体のバリュチェーンを作ることができるようになってきた。さらにデジタル化が進展した業界においては、基幹部品を外部から調達することも容易であり、組み立て機能をコスト効率よく担当できれば、容易に参入できる。
欧米の製造業は、不得意分野からの撤退、アウトソーシングという「戦略」に逃げ込んでおり、これの克服のため「ものづくり」力を強化すべしと説き、それに対して日本の製造業は、低収益のままの「ものづくり」に逃げ込んでおり、これを克服するため事業撤退、製品絞込みの「戦略」を強化すべしと説く。それぞれの製造業を取り巻く環境や制度を考慮した構造的なアプローチを行っており、今後の産業構造を考えるのにも参考になる。
以下具体的に、欧米の製造業が現在の状態となった背景、日本の製造業が現在の状態となった背景について述べている。
(1)現状の課題
-不得意分野からの撤退、アウトソーシングという
「戦略」に逃げ込む欧米企業-
-不得意分野からの撤退、アウトソーシングという
「戦略」に逃げ込む欧米企業-
欧米メーカは、過当競争が定着している「製造」事業を展開することは得策でないと考え、優位性のない製造機能をアウトソーシングしようとしてきた。生産管理に強固なノウハウを持っておらず、ノウハウ流出の懸念もあまりないため、社外への生産委託の判断に傾きやすい。また、製造ラインに良質な人材を確保できず、高いモラルを期待できなかったという背景もあり、製造で競争優位を獲得するという考えはもってこなかった。したがって、不得意な分野を克服すると努力をするつまり自社工場でコストダウンに努めるよりは、複数の製造委託企業に競わせてコストダウンを実現しようと考えてきた傾向が強い。
(2)弱体化した理由
欧米の多くの企業はリーン生産方式取り入れようとしたが、
どれも失敗し、「製造」という業務の価値にさえ疑問を持つ
ようになった。さらに企業の業績を測定する指標としての
経済付加価値(EVA)指数の流行、採用がその考えを
さらに後押しした。EVAでは、生産背設備は資本コスト
を大きくするものであり、極力小さくするのがよいとされ、
その結果、かなりの数の企業が工場に投資すること自体に
難色を示すようになってしまった。
どれも失敗し、「製造」という業務の価値にさえ疑問を持つ
ようになった。さらに企業の業績を測定する指標としての
経済付加価値(EVA)指数の流行、採用がその考えを
さらに後押しした。EVAでは、生産背設備は資本コスト
を大きくするものであり、極力小さくするのがよいとされ、
その結果、かなりの数の企業が工場に投資すること自体に
難色を示すようになってしまった。
さらに新興国の経済成長により様々な原料が不足し、
原材料価格は値上げ圧力にさらされ製品価格は過当競争に
より値下げ圧力にさらされるという両側のプレッシャに挟
まれ、製造ビジネスの魅力をますます低下させてしまった。
利益が出ないので、賃金も上げることもできず、よい人材
を採用できず、熟練工からの技術伝承も行えなくなっている。
短期的利益を重視した経営を行う場合、高利益率の既存顧
客を重視した戦略を取ることとなり、成長する新興市場の
顧客は軽視しがちとなる。
原材料価格は値上げ圧力にさらされ製品価格は過当競争に
より値下げ圧力にさらされるという両側のプレッシャに挟
まれ、製造ビジネスの魅力をますます低下させてしまった。
利益が出ないので、賃金も上げることもできず、よい人材
を採用できず、熟練工からの技術伝承も行えなくなっている。
短期的利益を重視した経営を行う場合、高利益率の既存顧
客を重視した戦略を取ることとなり、成長する新興市場の
顧客は軽視しがちとなる。
欧米の製造業もようやく生産する地域が問題ではなく、技能
と意欲のある人材を育てることが唯一かつ最大の競争力になる
ことに気づき始めた。
「いかに組合を封じ込めるかではなく、重要なのは、会社の
明暗を決める労働力の意欲を如何に支援するか」であると。
(3)欧米製造業への処方箋
① プロセスイノベーーションへの投資
と意欲のある人材を育てることが唯一かつ最大の競争力になる
ことに気づき始めた。
「いかに組合を封じ込めるかではなく、重要なのは、会社の
明暗を決める労働力の意欲を如何に支援するか」であると。
(3)欧米製造業への処方箋
① プロセスイノベーーションへの投資
生産技術の重要性を理解し、全社のプロセス改善をで
きる組織を立ち上げ、産業機械メーカに丸なげしてい
た生産技術の改良を自社に取り戻すべき。
きる組織を立ち上げ、産業機械メーカに丸なげしてい
た生産技術の改良を自社に取り戻すべき。
② 製造ネットワークの充実
原材料や部品サプライヤーとの関係も「価格ベースで
の調達」から「知識ベースでの調達」へ転換すること
が重要。
の調達」から「知識ベースでの調達」へ転換すること
が重要。
③ 製造施設内の改革
企業カルチャに結びつけたリーン生産方式を定着させ
ることが必要。リーン生産方式の導入により、製品投
入への信頼性と製品配送期日の信頼性を工場させるこ
とができる。不完全なリーン生産方式の改革では、
標準化の重要性が無視されている。
ることが必要。リーン生産方式の導入により、製品投
入への信頼性と製品配送期日の信頼性を工場させるこ
とができる。不完全なリーン生産方式の改革では、
標準化の重要性が無視されている。
④ 労働者の近代化
欧米の労働者のうち、会社の業績に連動して報酬を受
け取っているのは全従業員のわずか20%で75%以上
の従業員は、厳しい給与制度の下、敷くない基本給を補
うために残業の機会を意図的に作っていてほしい。
け取っているのは全従業員のわずか20%で75%以上
の従業員は、厳しい給与制度の下、敷くない基本給を補
うために残業の機会を意図的に作っていてほしい。
2.日本の製造業の課題と処方箋
(1)現状の課題
. -低収益のままの「ものづくり」に逃げ込む日本の製造業-
(1)現状の課題
. -低収益のままの「ものづくり」に逃げ込む日本の製造業-
日本の製造業は、売上が伸びず利益も低迷するとその事業
から撤退するのではなく、より売上が伸びそうな新製品分野
に参入し、国内市場の停滞に対しては海外市場へ参入するこ
とで全体としての成長を継続させようとしてきた。
から撤退するのではなく、より売上が伸びそうな新製品分野
に参入し、国内市場の停滞に対しては海外市場へ参入するこ
とで全体としての成長を継続させようとしてきた。
「ものづくり」の実質的な意味は、生産現場主導のボトム
アップ思考にあるといえる。
アップ思考にあるといえる。
現場の職人の知恵に基づく改善活動こそが、地道なコスト
ダウン、製品改良、品質の向上の原動力であった。この改善
活動の積み重ねが、度重なる不況を乗り越え、低収益に耐え
うるうえで大きな力となってきた。
これを具体的に示すのが、以下の数値である。
ダウン、製品改良、品質の向上の原動力であった。この改善
活動の積み重ねが、度重なる不況を乗り越え、低収益に耐え
うるうえで大きな力となってきた。
これを具体的に示すのが、以下の数値である。
1960年当時は、営業利益率が平均で10%を超えていた
が2000年には4%を下回るところまできている。
事業構造の転換についても、以下の数値がよく表している。
GEは、エネルギーインフラ、航空、ヘルスケア・テクノロ
ジーインフラという事業セグメントを大きく伸ばし、
2000年で売上構成比51%であったものを75%まで
事業構造の転換を図っている。シーメンスについても同様に
2000年に存在していた事業の42%を売却し、インダス
トリー、エネルギー、医療の分野に事業を集中させそれらの
比率を90%とするという事業構造の展開を図っている。
これらに対し、日立は2000年から2009年でほぼ事業
の構成を変化させていない。
が2000年には4%を下回るところまできている。
事業構造の転換についても、以下の数値がよく表している。
GEは、エネルギーインフラ、航空、ヘルスケア・テクノロ
ジーインフラという事業セグメントを大きく伸ばし、
2000年で売上構成比51%であったものを75%まで
事業構造の転換を図っている。シーメンスについても同様に
2000年に存在していた事業の42%を売却し、インダス
トリー、エネルギー、医療の分野に事業を集中させそれらの
比率を90%とするという事業構造の展開を図っている。
これらに対し、日立は2000年から2009年でほぼ事業
の構成を変化させていない。
(2)戦略的経営行わなかった理由
日本の製造業は、短期的な利益を犠牲にしても、売上・
シエア拡大を重視してきたといわれている。
それは、長期的には利益確保に繋がったという合理的な理
由が存在した。つまり、累積生産量が二倍になれば生産
コストがX%低下する経験曲線効果が存在した。しかしポ
イントは規模の経済が効いたという単純なことではなく、
1960年代の製造においては、生産における不良品の
比率が多く、これを減らすことが生産コストのい低減につ
ながりやすいという技術的理由もあった。
累積生産量の多さ⇒生産不良率の低さ⇒生産コストの低さ
という因果関係が作用していたのである。
それに対し、現在は、生産不良の問題はほぼ解決済みで
あり、いわば経験効果のカーブをくだりきった状態とな
っている。
さらに最近では技術の世代交代も起きてきており、第一
世代の技術で経験効果を蓄積した工場よりも、第二世代
技術を採用した、累積生産量が少ない工場の方が低コス
トという逆の原理が働き始めてもいる。
シエア拡大を重視してきたといわれている。
それは、長期的には利益確保に繋がったという合理的な理
由が存在した。つまり、累積生産量が二倍になれば生産
コストがX%低下する経験曲線効果が存在した。しかしポ
イントは規模の経済が効いたという単純なことではなく、
1960年代の製造においては、生産における不良品の
比率が多く、これを減らすことが生産コストのい低減につ
ながりやすいという技術的理由もあった。
累積生産量の多さ⇒生産不良率の低さ⇒生産コストの低さ
という因果関係が作用していたのである。
それに対し、現在は、生産不良の問題はほぼ解決済みで
あり、いわば経験効果のカーブをくだりきった状態とな
っている。
さらに最近では技術の世代交代も起きてきており、第一
世代の技術で経験効果を蓄積した工場よりも、第二世代
技術を採用した、累積生産量が少ない工場の方が低コス
トという逆の原理が働き始めてもいる。
市場が黎明期にある場合は(生産初期の不良率の差が
大きいために経験効果が効くことと、市場がまだ成長す
るためには)、売上・シエア第一主義は機能するが、
成熟した市場においては利益低下という副作用のみを
もたらす。
大きいために経験効果が効くことと、市場がまだ成長す
るためには)、売上・シエア第一主義は機能するが、
成熟した市場においては利益低下という副作用のみを
もたらす。
製品開発が比較的容易に行えるようになったことも
あり、コストをあまりかけずに、顧客ニーズの多様化
に対処するため品目数は増すことができた。
つまり「選択と集中」の必要性があまりなかった。
そのため、低コスト、高品質を武器に米国への輸出で
地歩を築くことに成功し、欧州、アジア、新興国へと
次々に海外市場を拡張し続けた。
これにより売上もシエアも利益も増えていったので
ある。しかしながらコスト構造的には、トヨタに代表
されるように変動費(原材料費)のコスト管理は厳し
いが、固定費についてはあまり厳しい管理を行ってこ
なかった。2000年以降の世界需要の大幅な伸びを
期待し、巨大な生産設備の投資を行ったこともあり、
損益分岐点は非常に高くなっていた。
さらに、株式よりも銀行融資が主流であった日本では、
株価を気にする必要はなく、黒字であれば問題ないと
されていた。株価低迷によって買収されるリスクも日
本ではまだ高くない。
あり、コストをあまりかけずに、顧客ニーズの多様化
に対処するため品目数は増すことができた。
つまり「選択と集中」の必要性があまりなかった。
そのため、低コスト、高品質を武器に米国への輸出で
地歩を築くことに成功し、欧州、アジア、新興国へと
次々に海外市場を拡張し続けた。
これにより売上もシエアも利益も増えていったので
ある。しかしながらコスト構造的には、トヨタに代表
されるように変動費(原材料費)のコスト管理は厳し
いが、固定費についてはあまり厳しい管理を行ってこ
なかった。2000年以降の世界需要の大幅な伸びを
期待し、巨大な生産設備の投資を行ったこともあり、
損益分岐点は非常に高くなっていた。
さらに、株式よりも銀行融資が主流であった日本では、
株価を気にする必要はなく、黒字であれば問題ないと
されていた。株価低迷によって買収されるリスクも日
本ではまだ高くない。
日本の製造業が戦略をあまり意識せず事業展開した背景
をまとめると以下のとおりとなる。
① 売上・シエア第一主義、
②事業・製品拡張主義、
③海外市場拡張主義
という「右肩上がり」の志向が強く、そのために利益
には目をつぶることになるが、
それを容認してきたのが
④非効率な資本市場であった。
「右肩上がり」の成長は「結果オーライ」を生みやすい
ため、
⑤意思決定の先送りが奏功することが多く、
トップダウンの「戦略」がなくても
⑥する合わせ能力の高さと
⑦ものづくり信仰によって、ボトムアップの工夫で
競争をしのぐことができた。
②事業・製品拡張主義、
③海外市場拡張主義
という「右肩上がり」の志向が強く、そのために利益
には目をつぶることになるが、
それを容認してきたのが
④非効率な資本市場であった。
「右肩上がり」の成長は「結果オーライ」を生みやすい
ため、
⑤意思決定の先送りが奏功することが多く、
トップダウンの「戦略」がなくても
⑥する合わせ能力の高さと
⑦ものづくり信仰によって、ボトムアップの工夫で
競争をしのぐことができた。
(3)日本の製造業への処方箋
① 製品レベルでの「間引き」
製品数を増すことによって「複雑性のコスト」は累
積的に上昇する。この「複雑性のコスト」を「見える
化」して、どの製品を「間引き」することでトータル
のコスト構造が改善するかを理解することが必要で
ある。
② 事業レベルでの間引き
積的に上昇する。この「複雑性のコスト」を「見える
化」して、どの製品を「間引き」することでトータル
のコスト構造が改善するかを理解することが必要で
ある。
② 事業レベルでの間引き
不採算事業からの撤退が必要であるが、施設閉鎖・
従業員解雇だけでなく事業売却という手段もある。
従業員解雇だけでなく事業売却という手段もある。
③ 製造機能のアウトソーシング
新興国のメーカと競争しながら、巨大な新興市場で
勝ち残ろうとするなら、「意図的に」品質を下げて
価格を下げるという方針も必要になる。
自社および完全子会社で内製化すべき分野、提携先
や合弁企業に委託すべき事業モデル、外部サプライ
ヤーから調達すべき分野に切り分けて事業モデルを
見直す必要がある。
④儲かる製品分野にシフトする。
長期的に儲かる製品分野、すなわち参入障壁の高い分
野を見極めてシフトする。自動車は今まで高度なする
あわせを必要とする製品であったが、電池とモータで
制御できる電機自動車になるとすり合わせの必要な領
域が狭まってしまうため、新興国メーカでも参入しや
すくなってしまう。
新興国のメーカと競争しながら、巨大な新興市場で
勝ち残ろうとするなら、「意図的に」品質を下げて
価格を下げるという方針も必要になる。
自社および完全子会社で内製化すべき分野、提携先
や合弁企業に委託すべき事業モデル、外部サプライ
ヤーから調達すべき分野に切り分けて事業モデルを
見直す必要がある。
④儲かる製品分野にシフトする。
長期的に儲かる製品分野、すなわち参入障壁の高い分
野を見極めてシフトする。自動車は今まで高度なする
あわせを必要とする製品であったが、電池とモータで
制御できる電機自動車になるとすり合わせの必要な領
域が狭まってしまうため、新興国メーカでも参入しや
すくなってしまう。
⑤製造機能以外で収益力を強化する。
プリンター本体は破格の安値でもインクやトナーに参
入障壁があるならばインクの側で儲かればよい。
インクの販売量は、今年の販売台数ではなく設置台数
によって決まるので、新規参入メーカは先発メーカに
追いつくのは簡単でない。
入障壁があるならばインクの側で儲かればよい。
インクの販売量は、今年の販売台数ではなく設置台数
によって決まるので、新規参入メーカは先発メーカに
追いつくのは簡単でない。
産業機械などの生産財の場合は、機会を作って売るだ
けでなく、保守でもうけるビジネスモデルもあれば、
中古でもうけることも、リースやレンタルでもうける
ことも可能である。
けでなく、保守でもうけるビジネスモデルもあれば、
中古でもうけることも、リースやレンタルでもうける
ことも可能である。
中身的には特に新しいことはないともいえるが、各国の製造業が現状に
至った背景や環境、それとグローバルの展開の中の必要な戦略をうまく
まとめているところがこの本の特徴と思われる。
特に企業行動を、環境の中での合理的行動と位置づけ、構造的に分析
しているところがよい。
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