SECIモデルを始めとした知識経営論を現象学等の哲学的知見も動員
し、集大成した知識経営論である。今後の思考の参考とするため、
ノートとしてサマリーを書く。
まず始めに、この書籍の狙いを以下のように述べる。
企業がどのような環境との相互作用の中で組織的に知識を創造し、活用
していくのかという複雑でダイナミックなプロセスを説明する知識ベース企
業の動態理論を確立することを狙う。より具体的には、
世界やすべてのものを「継続する流れ」と捉えるプロセス哲学の視点を取
り入れ、現実をどう捕らえて解釈し、社内外と関係しているのか、さらに多様
な主観的な解釈を集合的・組織的な知識、さらには知恵へと総合し、企業の
普遍的な知識資産へと客観化しているかを説明できる新しい企業経営理論
を確立することを目的とする。
1.知識について
「知識」は「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロ
セス」と定義する。知識の重要な特性はその絶対的「真実性」よりむしろ
対話と実践を通して「信念を正当化する」点にあるとの考えに基づく。
世界は「モノ」ではなく、生成消滅する「コト」すなわち「出来事」によって構
成されている。変化する態様を「動詞」、一定の形に固定化された場合を
「名詞」と表現するならば、動詞的知識を製品として「名詞化」し、さらに
ユーザにより名詞が動詞化されるという「名詞(モノ)→動詞(コト)」相互変
換される。
われわれは環境との関係の中で自身を規定し、環境を再定義し、再生
する能動的な存在である。
ハイデッガーは、人が真に生きるということは「未来」によって覚悟を定
め、過去の体験を反復し未来を捉えなおし、その実現に向かって現在を
直視する根源的時間で生きることであるとしている。すなわち過去が未
来を決定するのではなく、どのような未来を描くかによって過去と現在が
どのような意味を持つのかが決定される。
企業組織とは、場を積極的に作り出し、その中での幅広い経験から学び、
知識として蓄積し、それを用いて社会的な価値生成を持続的に行う重
層的な場と捉えることができる。
2.知識創造の理論
暗黙知と形式知は互いに独立して存在するわけではなく、むしろ氷山
の水面下の部分と水面からでた部分の ように、連続体である。
知識の根本には、ダイナミックに動いている「動詞的」な暗黙知があり、
それを具体的な形として「名詞化」 (固定化)したのが形式知といえる。
知識を伝えて共有化するには、動いている流れである「動詞」の状態を
いったん「名詞」として捕らえることにより、伝達や取り扱いを容易にし、
名詞となった知識を受け取った側がそれを解釈することにより、再び
動詞に戻すという過程がある。人は意識無意識を問わず、その変換
を行っている。
すでに有名となった野中氏の知識経営のベースのモデルである、
SECIモデル
S(Socialization:共同化)、
E(Externalization:表出化)、
C(Combination:連結化)、
I(Intenalization:内面化)
について書いておくと
① 共同化:暗黙知から暗黙知に変換する第一の段階。この段階で
は日々の社会的相互関係の形成によって得られる経験の共有が
基盤となる。自然環境との相互作用や他人と共通の時間・空間を過
ごす体験を通じ、個人の暗黙知が複数人の間で共有され、さらに異
質な暗黙知が相互作用する中から新たな暗黙知が創発されていく。
方法論は「共感」
② 表出化:共同化の段階で個人の内部に集積された暗黙知は、蓄
えられた暗黙的知識を言語やイメージ、モデルなど何らかの表現手
段を媒介にして具体的な形にする「表出化」により形式知として表現
される。共同化は、直接体験を共有する人々の間での限定された
知の生成であるが、表出化は個人知である暗黙知を形式知にする
ことにより、集団の知として発展させていくプロセスである。方法論と
しては「対話による本質追求」。
個人の暗黙知は対話によってその本質が言語化され、さらに磨かれ
て概念化されていく。
変換手段として「メタファー」(ある物事を他の物事に関連させて理解し
たり経験したりすること)が有効。
③ 連結化:表出化によって集団の知となった言語や概念が具現化さ
れるためには、概念と概念を関係づけてモデル化したり、概念を操作
化・細分化するなどして、組織レベルの形式知に体系化する必要があ
る。形式知からより高次の形式知へ変換を行う。
方法論としては「論理分析によるシステム化」。
合理的・科学的な方法論を活用。
問題は、何を目的として連結化を行うか。
④ 内面化:共有化されて知識は、再度個人に取り込まれ、暗黙知化
されて、もともと持っていた知識と結びついて新たな知となり、その
個人の中に蓄積されていく。内面化はただ実践することではなく、自
覚的・意識的に行われる実践である。 自分の行為と行為によって
得られたものが、自分にとってどのような意味を持つのかを考える
という内省を実践と同時に行いながら、形式知を暗黙知化するのが
内面化である。「行為の只中の熟慮」「動きながら考える」がポイント。
⑤ スパイラル:共同化・表出化・連結化・内面化の知識創造プロセス
は、スパイラル(らせん)状に展開されていく。
3.プロセスモデルの構成要素
① 知識創造動態モデル
SECIに方向性を与え、SECIを回す力の源泉となる「知識ビジョン」、
「駆動目標」、「対話」と「実践」で表されたSECIプロセス、現実にSE
CIプロセスが行われる実存空間としての「場」、SECIプロセスのイン
プットでありアウトプットである「知識資産」、場の境界を規定する制度
を含む知の生態系としての「環境」という七つの構成概念よりなる。
② 知識ビジョン
「かく成りたい」という未来を描き、そこから現在「何をすべきか」を規定
する。組織が生み出す知識の質を評価し、正当化するための一貫性の
ある価値体系が「知識ビジョン」である。
③ 駆動目標
ビジョンと対話・実践の知識創造プロセスを連動させ、組織がどのよう
な価値を提供するか、あるいはどのように提供するかについての具体
的かつ挑戦的な概念、数値目標、行動規範を「駆動目標」と呼ぶ。
④ 対話と実践
知識ビジョンに導かれ、駆動目標によりエネルギーを与えられた組織
成員は、主観と客観の相互作用の中で矛盾を総合し、知識を創造する。
この矛盾解消プロセスは、具体的には対話と実践を通しての弁証法
的方法によってなされる。弁証法的な対話は、そのままでは言語化が
困難な暗黙知を形式知に変換する表出化やさまざまな形式知を結び
つけ、深め、洗練して新たな形式知を作り出す連結化において有効
な方法である。実践は、共体験により暗黙知を共有する共同化の基礎
を作り、形式知を特定の文脈に再結合し、新たな暗黙知として身体化
し内面化するための方法論である。実践は、世界との関係性を踏まえ
た上で、自己がいかに「ある」あるいは「成る」べきかを考えた上での
行為のことである。
「行為の只中の熟慮」は、仮説を立てて行動し、その結果を見つつ
行動が正しかったのか間違っていたのかを徹底的に考える。
内向きのプロセスである内省を含みつつ、対象との相互作用の中で
その本質を究めるという創造を志向する思考活動である。
⑤ 場
場の実体は空間ではなく、そこで行われる多元的な相互作用である。
知識創造の基盤であり、知識が共有され、活用される共有された動
的文脈と定義される。知識は真空の状態では想像されえず、知識創
造にかかわる人間の間で情報を解釈し意味づける文脈が共有される
ことを必要とする。場に参加するということは、他者との関係の中で
個人の主観の限界を超越することである。つまり他の人、物事、
あるいは状況に意図的に自己関与することであり、主客分離を超
越して「いま・ここ」を他者との共感の中で直接的に経験することである。
現象学でいう「相互主観性」である。場において人は、他人との関係を
形成しつつ自己を認識し、他の視点や価値を自らに包含して、自分と
は異なる主観的な見方を理解し共有することができる。
これまでの経営学においては、組織はつまるところ、契約や資源の
集合体であると見られてきたが、知識創造理論においては組織は互
いに重なりあう多種多様な場の有機的配置と捉える。組織を系統図
ではなく知の流れによって把握することが可能となる。
⑥ 知識資産
「価値に変換できる知識」を知識資産という。知識創造の4プロセス
に対応し4つの知識資産に分類。
・ 「感覚知識資産」⇔共同化
プロセス組織の内外で共体験を通じて生成される暗黙知であり、
個人のスキルやノウハウ、信頼、安心感、コミットメントといった感情
知や場におけるエネルギーなどを含む。
・ 「コンセプト知識資産」⇔表出化プロセス感覚知識資産は、表出化の
プロセスを通じてコンセプト知識資産に変化する。イメージ、シンボル、
言語などを通して文節化された形式知であり、製品コンセプト、デザイ
ン、ブランドなどが含まれる。
・ 「システム知識資産」⇔連結化
形式知や他の形式知と連結され、システム化・パッケージ化されるこ
とにより、ドキュメント、マニュアル、スペック、特許などのシステム知識
資産が生成される。
・「ルーティン知識資産」⇔内面化実践の中に埋め込まれて組織に共有・
伝承されている暗黙知であり、日常業務でのノウハウ、組織ルーティン、
組織文化などが含まれる。ルーティン資産を変えることは困難である。
変化した環境に合わない組織文化など、ルーティン資産がかえって知
識創造を阻害することがある。
⑦ 型
状況の文脈を読み、統合し、判断し、行為につなげるために、個人や組
織が持っている思考・行動様式のエッセンスであり、膨大な経験とそこか
ら生まれた暗黙知を背景として生み出される。企業の進化プロセスの効
率性を維持・強化する「ルーティン」を重視する考え(ネルソン & ウイ
ンタ)もあるが、知識創造理論では、創造性と効率性を維持して知識創造
を可能にする「クリエイティブ・ルーティン」としての型に注目する。
現実からのフィードバックによる自己革新のプロセスが組み込まれている
点が、単なるルーティンとはことなる。
欧米的なマネジメント・システムは、逸脱や撹乱を許さない標準化された
ルーティンやマニュアルを生み出すが、「型」は、無限の自己革新が組
み込まれているため、自由度の高い創造の原型としての機能を果たす。
「型」は、「守・破・離」の3段階を経て学びとられ、発展するとされている。
伝統的な欧米式マネジメントにおいては、非効率を見つけ出し、修正す
る専門の監督官が必要となる。「型」の存在は、組織のすべての階層に
おいてそうした修正を即時に自律的に行うことを可能にすることで、企業
活動のパフォーマンスを改善し、効率的な組織運営を保証する。
⑧ 環境―知の生態系知識は、組織の内部だけでなく、顧客や供給
業者や競争相手など組織を取り巻くさまざまな存在の中に埋め込まれ
ている。環境とは、組織成員が現実としいてかかわる「生活世界」である。
近年高度なネットワークにより結び付けられた社会では、いかなる企業
も孤立しては存在しえず、価値もイノベーションも、多くの主体間の協力
によって創出されている。戦略の分析単位は、単一の企業から、事業
グループ、さらには中心となる企業と、その企業を支援する取引企業か
らなる「拡張型企業」と呼ばれる企業体へと変化している。」
その企業体のコンピタンスは、「システム全体で利用可能なように集積
された知が果たす機能」である。
4.知識ベース企業のリーダシップ
リーダとフォロワーの役割と関係が固定化した管理統制型リーダシップ
ではなく、文脈毎に臨機応変にリーダが決まるより柔軟な 「自律分散
型リーダシップ」が基本である。 「ミドル・アップ・ダウン」が他のプロセ
スでは、ミドルがトップに向かって目標を確認し、ビジョンや駆動目標を
ブレイクダウンして具体的な言語あるいは行動指針とし、場を設定して
対話と実践に結びつける。内外に偏在する良質な知を総動員し、多層
にわたって如何に知の質を高め、それをさらにいかに総合していくかが、
知識経営を支えるリーダシップの課題である。
① リーダシップの役割
知識ビジョンを設定し、場を創設・結合・活性化し、SECIプロセスを促進
し方向づけし、知識資産の開発と再定義を行うことが役割である。
普遍的な共通善を志向しつつ、現在における行為の只中で判断を行い、
そしてその判断を実行するという実践を含んだ活躍が期待される。
これは、アリストテレスのいうところの「フロネシス」の概念に近い。
② フロネシス
個別具体の場面の中で、全体の善(共通善)のために最善の振る舞いを
見出す能力のことをフロネシスという。テクネが車をうまく作るための知
識だとすれば、フロネシスはよい車とは何であり(価値判断)、それをど
のように作るか(価値の実現)という知識である。
フロネティックなリーダは、企業においてさまざまな関係性が絡み合い、
多くの制約条件を持つ抽象的問題を、「いま・ここ」の文脈の中で直感
的感性を発揮することで具体的課題として明示化し、解決可能性を見
出して対処しうる効果的な計画を策定する。具体的能力としては、
以下のとおり。
・ 善悪の判断基準を持つ能力
・ 場をタイムリーに創発させる能力
・ 個別の本質を洞察する能力
・ 本質を表現する能力
・ 本質を共通善に向かって実現する政治力
・ 賢慮を育成する能力
賢慮とは、流れゆく瞬間に積み重ねられていく経験と、「いま・ここ」の
状況において、タイムリーに決断し行動できる実践的知恵であり、この
能力が知識創造を促進するリーダに求められる。
ホンダ「買う喜び」「売る喜び」「創る喜び」の「三つの喜び」を企業理念
としている。
以上大変長いサマリとなったが、知識経営論の理論編である。
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